F−5

 ある晴れた日の午後。侍女のリリーナは庭木に水をあげようと、中庭のテラスへとやってきていた。
 テラスと言っても広やかな大理石の露台で、中央にはそこそこの植木が生えている。これに水をやって手入れをするのが、彼女の日課だった。
 いつものように、銅の如雨露を片手に水をやっていると、廊下の方から慌ただしい声が聞こえてきた。何事だろうと、その一人を呼び止めて、事情を訊くと、相手は息を切らして説明した。
「せ、せ、セルビア様が、お部屋から居なくなって仕舞われたの。誰もお姿を見かけていないんですって。」
 これを聞いてリリーナは、まあ、と声を漏らした。彼女は掃除やら庭の手入れやら、雑務が主な仕事なので貴人のお世話などしたことがない。しかしこの国の大事な人が居なくなったとあればおおごとである。宮中の人の動揺はいかばかりだろうと思われた。
「貴女、どこかで皇子を見なかった?」
 必死の形相の相手には申し訳ないが、リリーナは首を振った。
「見ていないわ。そもそもどんなお方なの?お姿は?」
 側付きの女は息を整えながら、これは一から説明しなくてはならないと思ったらしく、声を一段落として顔を近づけて言った。
「…あまり公にはいえないけれど、口の利けないお方なの。笑ったことも泣いたこともなくってね。今まで、一度だってあのお方の声を聴いた者はいないのよ。それに…」
と言いかけて、彼女は改めて周囲の様子を窺った。
「目がね…。前の王様とも奥方様とも違うのよ。王家の方はみんな深緑の美しい瞳をお持ちだけれども、セルビア様は瞳の色が青いの。王様のお心がアナダラ様に傾いていると知って、奥方様が密通したんじゃないかって噂よ」
 深刻な事態にも関わらず、リリーナはへへ〜と感心したように息をもらした。
 なんだかとんでもない秘密ごとを知ってしまった気持ちだった。もちろん、こんな事は宮中のちょっと奥まで行けば当たり前に噂されていることなのだが。それでも、外宮務めの彼女にとっては初耳な事ばかりだった。
「それで、今。そのセルビア様がいない、と。」
「そう!そうなのよ!だから、貴女もこのくらいの子供を見つけたら教えてちょうだい。ほんとうに、内宮の中はてんやわんやよ。」
は〜、と息をもらして消沈する女にリリーナは同情した。上流の人たちと直接つきあえるとはいえ、中は中で大変なんだと思った。
 そうして、ふと植木の上の方へ視線をずらすと、なんだか小さなモノが目に留まった。・・・ああ、あり得ない、そのヒトカタチ。

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