F−6

 セルビアントはその日、導かれるように上階のテラスへとやってきていた。白い石台が眩しい、風通しの好いその空間は、午後の澄んだ空の下で静かに彼を招き寄せていた。
 吸い寄せられるように白い手柵に手をかけると、北の空のある一点を、瞬きもせずにじっと見つめる。・・・待ち望んだモノが、今、来る。
 ビイイインと耳鳴りがし、パリパリと雷轟が響き渡る。ものすごい勢いで、それはやってくる。遠方から、上空から。セルビアントは身を乗り出した。

 バアァン!
激しい衝撃音とともに、セルビアはテラスの外へ吹っ飛ばされた。一部始終を見ていた侍女達が、二人そろって声にならない悲鳴を上げる。
 小さな、白い体は風にあおられながら中庭の中央の、あの植え込みへと落下した。
 絶望的な声を挙げて側付きの女が顔を覆う。リリーナはいち早く植え込みの中へと飛び込んだ。
 今見たものは何だったんだろう。彗星みたいなモノが突然飛んできたかと思ったら、セルビア様の頭を打ち抜いた。そして、その子はそのまま転落したのだ。
 緑色ばかりの、植え込みの葉の中で、白い、小さな足を見つけたときはぞわりとした。おそるおそる枝をよけて、子供の顔を見ると、目を見開いたまま気を失っているようである。その瞳の深さに、リリーナは息をのんだ。この、すべてを吸い込んでしまいそうな海の青が、罪の証だなんてとても信じられない。
 このまま見ていると、自分までどうかしてしまいそうなので、彼女は急いでこの子の瞼に手をやった。
 丈夫で、ボタボタした衣装のおかげで、落下の衝撃は和らげられたものらしい。外傷らしい外傷も見あたらず、リリーナはそっと、その小さな肢体を持ち上げた。…見かけよりもずっと軽い。
 苦労しながらも、植え込みの中から這い出すと、側付きの女は相変わらず腰を抜かしたまま呆然としていた。
「どうやら、ご無事みたいですよ。」
声をかけるとようやく正気に戻ったようで、仲間の者を呼ぶために大声で廊下の方へ駈けていった。やれやれといったかたちで、リリーナはその場に腰を下ろした。
 するとふいに、乱れた髪に触れる手があった。
 驚いて自分の腕の中を見ると、かの少年がじっとこちらの顔を見ている。またあの青に見つめられて、リリーナはそのまま竦んでしまった。
 すると子供は静かに、だがしっかりとこう言ったのだ。
「ごめんね。君の植え込みを台無しにしてしまった。」


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