D−8

 だが王は、老婆の言葉にも女達の嘆きにも動じなかった。
「新しい体は必要ない。この子にはすでに魂が宿っている。“人の子”は十月も腹の中におれば育つには十分だろう。」
 拾い上げた我が子を、自らの着衣でくるんだ王の仕草に、無体な様子は感じられなかった。
「何を仰ってるんです。王の体は7年、花の中で過ごさねば成熟しないのですぞ。体が不十分ではあの門を越えられますまい。」
 その言葉を聞いたとき初めて、王の目には再び悲しみの色が戻ってきた。
「…その必要はもう無い。彼の地はもはや滅んだ。」
 その瞬間、老婆の顔色が変わった。
「なんと…!あの≪花と水と氷の国≫が滅んだと!?それでは、“樹”は!我らを生み出し栄えさせてくれたあの尊き樹はどうなったのです!」
「…おそらく幹は星とともに滅んだだろう。その樹皮がいくつかの渡り星となって飛び去るのを私は見た。」
 老婆は愕然として口を開けた。王は沈痛な面もちで我が子と散らばった肉片を見ていた。彼にしては珍しいほどの動揺ぶりであった。それだけ彼の国に愛着があったということだろう。
 事態をすっかり飲み込んだ老婆は、しかし絶望の余りその場へ崩れ落ちた。しかし、王は彼女の様子にはかまわず言葉を続ける。
「アニマ。私達は寄る辺となるべきものを亡くした。この生命の樹の挿し木とて、いつまでもつかわからん。幹を失った枝は、枯れるしかないのだから。私達はもはや滅び行く種なのだよ。」
 王の言葉一つ一つが、希望のない、真実であった。老婆アニマは運命の仕打ちに、悔しさの余り涙を流した。
 そんな彼女を慰めるように、王は優しく語りかける。
「だが、この子は違う。この子は“選ばれた人”なのだよ。この子と“対となる存在”はすでにこの地上に現れている。この二人が出会えたとき、世界はきっと私達が目にしてきたどんな美しい国にも負けない、素晴らしい場所になるはずだ。そんな世界の礎を築いてきたのは他でもない、私達フェミリオンの民なのだよ。そう思えば、私達が費やしてきたこの1000年間も無駄ではないだろう?」
 涙でかすむ、老いて皺に覆われた手を眺めながらアニマが問うた。
「…王は私に、この老いぼれに、何をさせたいのですか。」


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