D−5
ニエナは勇気を持って、王の後を追った。その様子が尋常でないことを察したからである。私室へ戻った王は、机の後ろから私用の剣を取り出した。それを目にした途端、ニエナは恐懼(きょうく)のあまり、悲鳴を上げた。 だが、王はそんな彼女の様子にもかまわず、さらに室を出ていこうとする。ニエナはあわてて彼を諫めた。普段なら考えられない行為である。 「王よ!その剣で何をなさろうというのです!どうか、そのお言葉を以て、人々に安らぎをお与えください。人々の心を闇の中からお救いください。」 だが王は、この言葉にも耳を貸さず、一瞥もくれることなく黒の館をあとにした。
この国には城が二つある。王が住む館、黒のゲール塔と、王子や王女達が住まう館、白のシュパ塔である。この二つは、張り出した長い回廊によってつながれている。彼は今、その長い回廊を疾風のごとく白い衣をなびかせて渡っていった。そのすぐ後ろを、辛抱強い女、ニエナが懸命に追いかける。外は暗雲が垂れ込め、急速に闇に包まれていった。 王はこの白い別塔に何の御用だろう。王位を継いだ今、この館に立ち入る必要は全くないのだ。ふつふつと不安が湧き起こる。あの剣で、これ以上何をなさろうというのか。嫌な予感がする。 彼女は根気強く、王に言葉を投げかけた。何とか思いとどまってもらおうと、必死に追いすがった。しかし彼は、ふり返ることも、歩みを止めることもしなかった。長く艶やかな髪が、冷たく靡いて遠ざかる。彼女はついに、その場に泣き崩れた。
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