A−9
男が女に贈った名は「サーラ」といった。
サム自身の名と、懐かしきサハラジへの思いを込めて…
そしてツンヴェルギアが暗転した時――地上では夜というが――に、二人は契った。
いよいよサムが還る段になって、サーラはいった。
「サム…ひとつ約束して欲しいの。この国で見たこと、聞いたことは決して地上の人に漏らさないで。」
「わかっているよ。まぁ、信じる人間もいないと思うけど。それより、サーラ。顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
「気にしないで。貴男の所為ではないわ、決して。わかっていたことなの…。」
サムは、あまり納得しない。サーラに触れてから、彼女の顔色は悪くなる一方だったのだから。
「サーラ…やはり、君も一緒に来ることはできないのかい。」
「ええ、サム。覚えてる?貴男がここへ来たとき山羊の骨を川に落としたわよね。もし、私が地上に降り立ったら、あれと同じことが私に起こるわ。地上は、私達にとって過酷な環境なの。わかって、お願い…」
サムは頷いた。サムと別れることはサーラにとっても辛いことだと、その表情からわかったからである。
「サム、貴男にこれを…私だと思って大事に育ててね。私のことを忘れないでね。」
そういって、彼女は小さな布の袋を彼に渡した。男は黙って頷いた。 「…じゃあ、お別れね。」
女の顔から涙がこぼれる。サムが、その涙をぬぐうおうと身を乗り出したとき、女の体がはじけた。 粉々に、散りぢりに…美しく雹の粒のように輝いた。
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