Aー6

 それから女は、山の方へ向かった。山といっても、草一本なく、鋭く透明で、まさに冬の海に見える氷山を思わせる。 その冷たい輝きに、男は心の寒々しさを感じた。
 しばらく行くと、巨大な岩壁に、神殿の造形を彫り込んだ城にたどり着いた。その様式は独特で、格子のように手狭に柱が立てられているかと思えば、中にはいると先が見えないほどの広場になっていた。
 女は、取り次ぎの者に話を通し、しばし待つよう男に命じた。男は黙ってそれに従った。
しばらくして、良く通る鈴の音が広場を駆け抜け、荘厳な音楽と跫音(きょうおん)が聞こえた。 全くの均等に、杖をつく音が聞こえ、それに合わせるように音楽が鳴り響く。サムはこのメロディが、女たちの歌声であると解していた。
「ダナエ様。」
突然、傍らに控えていた女がそういって、膝をついた。サムは驚いて、あわててそれに倣った。
 杖をつく音がすぐ近くまで来て、止んだ。それとともに歌声も止んだ。
『面を上げなさい。』
鐘音といってもいいほど、涼やかな声が上から振ってきた。サムはおそるおそる、声の主の方を見た。
 そこには4、5人の侍女を連れた、麗女が立っていた。今まで見た、どんな女よりも美しい。背が高く、色白く、髪は流れるように長い。…秀麗な目元には毅然とした色が出ていた。そして、その目になにか射るような冷たさを、サムは感じとった。
『貴男は自分の国へ帰りたいと思っているのですね。』
 サムはどきりとした。「自分の国」と女がいったとき、自らの故郷の村が浮かんだ。
『しかし、それは叶いませんよ。』
女は冷たく言い放った。
『そして、ここから出て行くことは、貴男にはできません。』
サムは、すがるように、女王の目を見た。女王はすでに察しているようだった。
『それでも、戻りたいのですね。』
 女王の顔は無表情だったが、その言葉には同情的な色を感じた。
『同志。』
女王が呼ぶと、傍らの女が顔を上げた。
『彼の力になってあげなさい。彼が地上に戻れるように。』
女は快く頷いた。女王はサムに向き直った。
『善良なる壮士、サム。冤罪の流刑人、心優しき虚言師よ。そこの女と契りなさい。』


前へ    次へ




女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理