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「あ、俺何も考えていなかったよ。何も言われなかったからさ。」 金銭のやりとりという概念がないイウギにとってこの事は盲点であった。世の中の大部分の人はこのことで苦労し、悩まされているというのに。 そうなんですか…と言うセルイの言葉には、何か思案めいたものがあった。宿場町など営んでいるこの地域にとっては、外部からの収入は貴重であるはずだ。それなのにそのことに触れていないということはどういうことか… 「どうした?セルイ。」 イウギの問いかけにふと顔を上げる。 「いえ、きっと宿の人はイウギさんを大事にしてくれているのだろうなと思いまして。」 誤魔化すような言いぐさに、イウギは少し違和感を覚えた。 「うん、よくしてもらっているよ。でもお金は払わないといけないんだよね。」 「そうですね。あと、こちらの診療費のことも考えておかないと…。そうそうお財布の場所、教えておきますね。」 そういうと青年はゆっくりと全財産の在処を話し始めた。彼の話によると、小さなお金はマントの内ポケットに入っているのだそうだった。残りのお金は荷物の奥の方にある古びた革袋の中だと言った。イウギからもらったお金は…大事に瓶の中にとっておいてある。 ついでにセルイはお金の見方と宿やその他の相場のことについても話してくれた。お世話になっている分、多めに渡しても良いとのことだった。 話をじっと聞いていたイウギは、なにか思いついたように青年に言った。 「セルイ…診療代のお金、俺の奴を使っちゃ駄目かな。前の時は結局俺のために使ってくれたみたいだから。今度こそ、お前の役に立てたいんだ。」 この申し出に青年は目を丸くした。だが、返ってきたのは断りの言葉だった。 「気持ちは嬉しいですが、でも…もう随分使ってしまいましたし、きっと足らないと思います。それに…あのお金はイウギさんの為に使いたいと私は決めたんですよ。」 これを聞いてイウギは明らかに落胆した。青年があわててそれを励ます。…これ以上彼に気を遣わせるのも悪いので、イウギはこの部屋を出ることにした。 「うん、わかった。宿のお金も診療費もちゃんと払うよ。だから、俺のことは心配しないで、治療に専念してくれよな。」 そう言い残して、後ろ髪を引かれるような思いで、もうすっかり温かくなった部屋を後にした。
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