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イウギの食事も一段落したところで、やっと二人が戻ってきた。ヤナイの方が大分ぐったりしている様子である。 「ほら、ちゃっちゃと食っちゃいな!今度やったら飯抜きだよ!」 女将さんの厳格な命令に、青年は素直に従っている。溜息をつきながら冷たくなったおかずに手を伸ばした時、ふとイウギと視線がぶつかった。その時彼は、女将さんに見えないように密かににやりと笑って見せた。…青年は全く懲りていないようだった。
食事を平らげると、男達は昼間の疲れもあってか早々に寝室に引き上げていった。 台所では女将さんが食事の後片づけをしている。イウギはその横に立って皿拭きの手伝いをしていた。 「感心だねぇ。いつもそうやってお家の人の手伝いをしてたのかい?」 「ううん、家では…あんまりこういうことさせてもらえなかったから…。だから、楽しくって。」 そうかい、と言って彼女は言葉を切った。イウギが孤児であることを俄に思い出したのだ。別口で何か言おうとしたが、イウギが平気な様子なので余計なことは言わないように口を閉じた。 作業が一通り終わると、女将さんはイウギにもう寝るように促した。食堂を出ていくとき、少年は思いついたように女将さんに言った。 「あの、あんまりヤナイを叱らないでおいて。俺のために、色々…してくれたんだ。」 唐突なこの言葉に女将さんは幾分驚いた様子だった。だがすぐに半分心得たような顔になって、そうかいと言った。 「あの子がねぇ…。やっぱり嬉しいんだろうね、弟が出来たみたいで。」 「?」 イウギが怪訝そうな顔をすると、女将さんは寂しそうな顔で笑った。 「本当はね、うちにはもう一人、男の子がいたんだよ。あたしがちゃんと産んであげられなくて…死んでしまったけれど。」 そういうと女将さんは少し遠くを見るように目を細めた。 「生まれた時に…先生に『この子はまともに育たない』って言われてね…まあ、その通りだったんだけど。それ以来、診療所(あそこ)へ行くのが何となく嫌でね。」 遠くを見る彼女の目は、あの丘の診療所を見ているのだとイウギは気づいた。だが何と言っていいのか分からない。 「この町ではそんな子供が多いんだよ。鉱山町で生まれた者の運命かねぇ…“あの子”だけでもちゃんと育ってくれてよかったと思うよ。」 女将さんはそれ以上このことについては語らなかったが、その言葉だけでも彼女が長子のことを大切に思っていることがわかる。 「さあ。もう寝なさい。明日が辛いよ。」 そうして促されるままに、イウギは階段を上った。なんだかいろいろなことを聴かされて、頭がぼうっとしている。だが心の奥では確かに、宿の人たちやここの町の人たちが幸せに暮らせればいいのに、と思っていた。
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