9−4

 奥の戸口の所まで駆け寄ると待ちかまえていた旦那さんが労うような口調で言った。
「災難だったな。驚いたか?」
イウギがまだドキドキする胸を抑えながら頷くと、彼は俄に笑い出した。
「まぁ、あんなのは日常茶飯事だ。そんなに気にすることはねぇよ。」
 ぽんぽんと背中を叩かれて、イウギは改めて宿主の顔を見た。背は余り高くないが、がっしりとした体の上に割合小さい頭がちょんとのっている。顔全体はは黒いもじゃもじゃした毛で覆われていて表情は容易に伺い知ることが出来ない。だからか、イウギはこの男が少し苦手だった。昨日の気の進まない質問の事もあって、あまり近寄らないようにしていたのだが。
「ああなったら、しばらくあのままだ。先に食べていよう。」
今日は受ける感じが違っているような気がした。
 促されるまま、丸太を切って覆したような長椅子に座り、まだ温かみの残る食事に匙をつける。少し冷めてはいたが、久しぶりにおいしいと思える食事だった。『彼』のことが気がかりで、今まで気もそぞろに食べていたからかも知れない。
 今日はイウギの食が進むのを見て、旦那さんは嬉しそうに言った。
「今日は食欲があるみたいだな。女房が見たら喜ぶ。あんまり食べていないことを気にかけていたからな。」
ふふふ、と口元で笑うのをイウギは横目でそっと見た。黒い髭が顔の大部分を覆い、一見怖い印象を与えるが目の奥をじっと見ればそこにには優しさが顕れていることがわかる。
 主人の方は、もう食事を一通り済ませたようで、すでに特製の熱いコーヒーに口を付けている。
 髭をもごもごさせている様子を見て、イウギは単に邪魔そうだなとしか思わなかった。
 体のがっしりとした、胸板の厚いその男は生まれながらの坑夫だ。穴を掘って一生を過ごすドワーフさながらのその容貌は彼なりの信条なのかも知れない。
「この間はすまなかったな、あんな事を言って。」
主の唐突な言葉に、イウギは一瞬きょとんとした。
「あれから俺もひどくかみさんに叱られたんだよ。“あの人”がそんな非道なことをする人に見えるのかってね。」
これを聴いて、イウギは(ああ、セルイのことか)と内心合点がいった。
「“人間見た目じゃ分からない”ってのが俺の考え方なんだが…人を見る目は実はかみさんの方が上なんだ。だから、かみさんがああいうなら、あの人は悪い人間じゃないんだろう。だから、ごめんな。」
ゆっくりとした口調で独り言のように話すその姿は、やはり表情が分からない。だが、心底すまないと思っている気持ちはなぜだか直に感じ取れた。
「ううん、いいけど。でも、そうだよ。セルイは…悪い人間なんかじゃないよ。」
イウギは謝罪とは別に、女将さんの言葉を擁護した。それが彼自身の本心でもあるからだ。宿の主は小さく、そうだな…とつぶやいて、子供の頭に手をやった。


前へ    次へ




女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理