9−3
宿屋に着くと、戸口の中で山の大神が仁王立ちして待っていた。その顔を見て、げげ!っとヤナイが声をあげた。彼女の顔は、当然ながら笑ってはいない。ふうぅっと深呼吸すると瞑っていた目を見開いた。 「こんな時間までどこに行ってたんだい!!!あんたは!!」 まさに震撼。家の中身がひっくり返る程の大声で怒鳴りつけられて、その剣幕にイウギは吹っ飛ばされるかと思った。慣れているヤナイの方は、ばつの悪そうな顔をして立っている。 「父ちゃんから聞いたよ。仕事場を途中で抜け出して、遊びに行ったんだってね?」 あちゃ〜という顔をしながらも、ヤナイはささやかな反抗に出た。 「…いや、別に遊んでいたわけでは…ただ、ちょっと外の空気を吸いにね」 途中まで言いかけて、それも女将さんに一喝される。 「それが遊んでるって言うんだよ!!他の人たちはみんな働いてるんだよ!それを若いあんただけが抜け出して、恥ずかしいと思わないのかい!?」 耳の鼓膜を破らんばかりの怒声に、イウギの瞳はなんだか潤んできた。自分も一緒にいて叱られている気分になっているのではない。単純に、怖いのだ。 「あ〜思います、思います。本当にすいませんでした…」 さっさと白旗を揚げてヤナイが頭をヘコヘコ下げる。だが、女将さんも慣れたもので、この程度では容赦はしない。 「ちゃんと分かっていないだろう!?父ちゃん達は朝から晩まで汗水垂らして、鉱脈を掘ってるんだよ。若いあんたが一緒に力になってあげなくちゃあ、駄目じゃないかっていってるんだよ!」 ヤナイはそれ以上口答えする様子を見せなかった。ただうなだれて、神妙にお怒りを受け止めていた。 入り口のところで立ちすくんでいたイウギは、奥の部屋の戸口から顔だけ出してこの様子を窺っている旦那さんの姿に気がついた。向こうと目が合うと、旦那さんはイウギに向かって小さく手招きをした。イウギが傍の女将さんの顔を見上げると、息子のことを怒ることで頭がいっぱいのようである。 イウギは、ヤナイと女将さんを交互に見ながら、二人の横をすり抜けて奥の部屋へと入っていった。
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