9−2
すっかり日の暮れた坂道を、交互に降りる大小二つの影がある。一つはヤナイ、もう一つはイウギである。 「先生はなぁ、別に意地悪したくてお前を門前払いにしたんじゃないんだって。あそこは他に病人もいるし、子供がうかうか上がり込んでいい場所じゃないんだよ。」 相変わらずの上っ調子でヤナイが話している。イウギはヤナイの前を往ったり後ろを往ったりしながら、珍しく活発な様子で坂を駆け下りていた。それを叱ることもなく自分のペースで坂を下りるヤナイは一人、話を続ける。 「だけどいったろ?あの人は話せる人だって。ちゃんと筋道立てて話せば分かってくれるんだって。見た目で損してるよな〜あの人。」 腕を組んでうんうんと一人納得したような顔で頷いている。 話が面白いのか、ヤナイのその仕草が可笑しいのか、イウギは軽く笑い声をあげた。 「まぁ、俺の実力?人望が厚いってのもあるけど」と、自分評価も忘れない彼の言葉にイウギは意外にも、素直にうん、といった。 「ありがとう、ヤナイ。」 その言葉と笑顔に、ヤナイは少なからず目を丸くした。 半分冗談のつもりがそう素直に受けられちゃあ、逆に気恥ずかしい。照れを誤魔化すように、彼は首の後ろを何度か掻いた。 「…なんだなぁ、お前。そういう顔もするんだな。」 初めて見たときからずっと必死そうな、思いつめた顔ばかりしていたのに… ヤナイのこのつぶやきを聴きはぐれて、イウギは、何?と問い返した。彼の方では勿論、こんな事をまた口にするつもりはない。 「やっぱ、子供だな。単・純だ!」 大仰に笑い声をあげて走り出したヤナイを、子供はむくれて追いかけ始めた。 すっかり日の暮れた町並みは、夕餉の臭いで一日を締めくくっている。
あんなに必死な顔をして…それだけあの人のことが大切なんだろう…。
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