9−1

 暗い廊下をとぼとぼと歩いて、子供が帰ってきた。待ちかまえていた大人二人がほぼ同時に声をかける。
「どうだった?」
イウギは厚ぼったくなった瞼をかばうように俯いたまま、うん…と言った。
「あと数日の辛抱だから、心配ないって…」
 それを聴いて、大人達は顔を見合わせると一緒に深い溜息をついた。
「…それはどういう意味なのかな、彼は原因について何か言っていた?」
 医者は落胆とは別に、何かを抑えたような声色で再び訊いた。
「これは体質だから、治療は必要ないって…いつかはちゃんと治るんだからって。」
これを聞いて、医者はいよいよ黙っていられなくなった。
「治療は必要ないって?なら何のために医者は居るんだ!何もしないで見てろって言うのか!?」
突然語勢を強くした相手に向かって、イウギは驚きの目を向けた。今までおよそ、この人がこんなに強い口調で話すとは思わなかったからだ。
「先生、落ち着けって。こいつに言っても仕方ないだろう?」
 横からヤナイがどうどうと宥める。先生も、ああ…と答えてまた眼鏡の位置を直した。
「ごめん…。しかしね、いくら宗教上の理由とはいえ、このまま黙ってみていることは医者には出来ないよ。いざとなったら、嫌でも何でも薬を使わせてもらうからね。」
この男には似つかわず鼻息の荒いのへ、イウギは眉をひそめて問うた。
「セルイが嘘をついていると…?」
「そうはいわないけどね、医学的にあれを体質とは認められないよ。心因性というなら信じてもいいけれども。」
 厳しい眼鏡のレンズに見据えられて、イウギは反撃する気も起こらなかった。
 セルイの顔を見て、すっかり気持ちが弛んだというのもあるだろう。心配なのには変わりないが、少なくとも言葉を交わすことは出来た。あとはやはり、この医者に任せるしかやることはなさそうだ。
「うん…あとはセンセイに任せるよ…。でも、お願いがあるんだ。またセルイに会いに、ここにきていい?」
これを聞いて、医者はまた少し眉をひそめた。
「俺からもお願いするよ先生。」
 すかさずヤナイが助勢に加わり、子供の真摯な目に挟まれて、医者はふうと溜息をついた。
「いいよ。家族に会えた方が患者(かれ)だって嬉しいだろうし、効果的な治療方針が見つかるかもしれないしね。」
それを聞いて、イウギは俄に跳ね上がった。
「本当!?本当に!?やったぁ。」
横でヤナイがよかったなぼうず、と頷いている。医者はまた頭をぽりぽりと掻いた。


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