8−11

 ・・・真っ暗な闇の中で、時々人の声が聞こえた。その声のほとんどが苦痛を訴えるものであった。
 苦しい…辛い…生きるのが悲しい。痛みに絶望し、生きることをとうに諦めたのにまだ死ねない。生きたい、生きたい、自由になりたい。家族に会いたい。
 矛盾ともとれるいくつもの声。そのどれもが真実で、胸が締めつけられそうになる。本当は誰もが死にたくなんか無い。
「…どうだい?まだ苦しいかい?」
近くで男の声がする。
 これには素直に首を動かす。
「薬を使えば楽になるんだよ?」
しかし、この言葉には首を振る。
 一体何回この問答を繰り返しただろう。薬は使えない。今はこの体に不純な物を入れるわけにはいかないのだ。だがそれを口で説明する力も残されていなかった。青年はただひたすら首を横に振り続けた。

 一体何がこの事態を滞らせているのだろう。体の代替がうまくいっていない。熱効率も悪い。ごろごろと、黒い対流が皮膚の下で増幅し続けている。周囲の苦痛や呪詛を吸って膨れあがったそれは、出口をさがして暴れ廻っている。
 うう…、と彼は悲痛な声をあげた。何かが、何が、この儀礼を邪魔しているのだろう。どうすれば、すべてが正常に、清流に戻るのだろう。
 長い長い夜の中で。ひたすら耐えて待つことしかできなかった。

 …?
かすかに聞こえる小さな声。
「セルイ!!」
自分の名を呼ぶ人は、ここでは一人しかいない。
「…ぃ、ゥギさん…」
青年はここしばらく開けていなかった目を瞬かせた。途端に小さな息づかいが傍らへやってくる。
「そうだよ、俺だよ。やっと…会えた…。」
嬉しそうな、泣きそうな声が耳元で囁く。その途端、セルイの固くなった気持ちも溶けていくようだった。
「心配を…。イウギさん…大丈夫でしたか…?」
何日ぶりかに開いた口は、枯れてカサカサだった。声がうまく通らない。
 それを聞くのは俺の方だよ、と思いながらもイウギはゆっくり答えた。
「うん、大丈夫だよ。俺の方は宿の人によくしてもらっているから…。セルイ、あのね」
そう言って、子供は一度言葉を詰まらせた。
「…街道に置いてきた荷物、拾ってきたよ。ちゃんと…俺一人で運べたよ…?」
だからさ…、と小さな声は涙を堪(こら)えて言葉を続ける。
「今度からは俺にも荷物を持たせてよ。俺だってちゃんと運べるんだって事、見せてやるからさ…。一緒にまた旅をしよう?」
 ね?っといって子供は言葉を閉じた。それを聴いて、青年は安らかな笑顔を浮かべてはい、と答えた。


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