8−10

「先生…あいつの連れの具合、どうなんですか?」
患者用の丸椅子にさっさと腰をかけると、ヤナイは子供のように身を乗り出した。
「う〜ん、微熱とそれに伴う発汗・倦怠感・手足のむくみ。そして時々訴える頭痛、腹痛、眼窩の痛み。それが続いていてだいぶ衰弱している。でも原因は未だに不明だ。」
眼鏡の男は窓際の机に腰を預け、腕を組んだまま言った。
「体に外傷はないから破傷風ではないし、リンパも異常ないから細菌感染でもない。敢えて言うなら内臓疾患か…肝臓が悪ければ黄疸がでるし、腎臓なら鬱血が現れると思うんだが、皮膚は健康でそれもない。薬が使えれば、もっと絞り込めるんだけど…それも拒否されてね。まったく別の可能性もあるし。」
「まさにお手上げ?」
ヤナイが両手を挙げてそのポーズを示すと、医者は無言のまま肯定した。
「自然快復の見込みは?」
「今のままだと難しいね、なにしろ水しか飲まないから。」
「はあ?」
 治す気あるんですか、それ。と青年はややあきれた顔で言った。話を聞けば聞くほど、先生が原因は不明だ、と憮然として言う気持ちが分かってきた。
「だから、今日はあの子に賭けてみようと思って。あの子…ずっとあの患者と一緒にいたんだって?なら、まあ、感染症の可能性は除外していいのかな、って思い直してさ。」
 そういうと、医師は暗い廊下の方に目をやった。レンズに遮られていないその横顔は、悲しそうでもあり、その瞳は一縷の希望を捨てきれずにいる敗走兵のようでもあった。

 廊下を曲がって突き当たりに出たイウギは、その重層な門戸の前で息をのんだ。この中に…彼が。
 飾り気のないコの字型の取っ手に手をかけると、ゆっくりと扉に力をかける。
 鍵の無い鉄の扉は不快な音を立てて少しずつ開いた。真っ暗闇かと思われた室内は、しかし、目が慣れるとともに、薄い星灯りの中で群青に染まっているとわかった。天窓から斜めに、青い光が射し込んで、その下(もと)の白い寝台を照らしていた。
「…っセルイ!!」


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