8−9
夕暮れの坂を対照的な二人が登ってゆく。一人は楽しそうに、一人はややうなだれて…。 何が楽しいのか、この青年はいつも陽気だ。「相棒」の鶴嘴片手に大股で坂を上がって行く。その黒い頭を追いかけながら、イウギはなんだか斑(ムラ)があって明け透けな彼が、自分の知る人とは全然違うなと感じていた。なんだか下品だし、態度はでかいけど…でも自分の気持ちを正直にぶつけてくれるところが、気が弛むというか扱い易いというか…。 イウギはセルイに隔心があることをずっと感じ取っていた。他人だからしょうがないかも知れないけど、届かないというか、もどかしいというか、そういう切なさを実はずっと持っていた。だからといって、嫌いだという訳では全然なかった。ただ、あの背中についていくなら、必死にならないとどこかで置いて行かれそうで不安なのだ。セルイが自分をわざと置いて行くなんて事はないと思うが。 「ほら、着いたぜ。」 気が付くともう、ヤナイは先に扉の前でスタンバっていた。それを見て少年は密かに思った。 (あいつは全然、自分のペースなんだけどな〜?)
ヤナイが景気良く鉄の扉を叩くと、程なくして例の医者が顔を出した。 「おばん、先生。今、ちょっと中いい?」 「やあ、君かぁ…。いいけど…その子も一緒かい?」 表情の見えない眼鏡がめざとくイウギの存在を見咎めた。ヤナイは気まずそうに言葉をつなげる。 「あ〜…実はこいつがどうしても例の旅人に会いたいって言うもんだからさぁ。一目ぐらい、いいだろ?中に入れてやってくれよ。」 医者は若者と子供を見比べて、ん〜、と渋った声で唸った。 「まぁ…そうだねぇ、僕だけでは治療のめどが立たなかったし、君たちにも協力してもらおうかな。いいよ、入りなよ。」 これを聞いて、イウギの顔が明るくなった。横でヤナイが密かに、だから言ったろと歯を見せて笑っている。
やっとの事で入れてもらった扉の中は、意外にも広く、吹き抜きの長い廊下が続いていた。右側にはドアのない部屋が連なっている。入り口に一番近い部屋は先生の個室・兼・診療室だ。その風通しの良さにイウギは目を丸くした。(あとカーテンの柄の可愛らしさにも) 「もともと監獄として使われていた所だから見た目は重苦しいけど、中は出来るだけ閉塞感ない感じにしたくてね〜。診療所(いま)なら扉も必要ないし、むしろ邪魔〜?」 頭をぽりぽりと掻きながら、頓着なさげに医者が言う。 「先生は変なとこ豪快なんだよ。就任早々、鉄扉を全部引き剥がしちゃうし、壁はぶち抜いちゃうし。趣味は恥ずかしいし。」 扉の変わりに備え付けられた先生セレクトのピンクやらお花柄やらのカーテンを、あちゃーという顔でヤナイが見回した。しばらくそれらを珍しげに見ていたイウギは本来の目的を思い出して医者にすがった。 「それよりも、セルイは!?どこにいるの?」 「あ〜彼は病因が分からなかったから一応隔離してあるんだ。部屋はねぇ、廊下の突き当たりを右に曲がった奥。」 それを聞いた途端にイウギは走り出していた。もう、後ろも何もない。 「お〜走ってる走ってる。あー、それより先生。まだ原因わかんないって本当?らしくないな。」 「う〜ん、それなんだけど…」 大人二人はそのまま診療室の方へ消えていった。
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