8−7
次の朝、イウギは意気揚々とまではいかないものの、明るい気持ちで坂道を上がっていた。ヤナイのくれた地図は簡素なモノだったが、場所の位置を知るには十分な機能があった。 この坂の先にセルイがいると思うと逸るような気持ちであったが、不安もあった。一体、どのような場所に彼はいるのだろう。診療所というには町から離れているし女将さんやヤナイが渋るのも気に掛かった。 程なくすると、それらしい建物が見えてきた。煉瓦造りの重厚な感じで、前に見た病院の白さとは一線を画す、おどろどろしい感じである。 門の前まで来て、イウギはたじろいだ。こんな所にセルイがいるのかと思うと、なにか寒々しい気がした。 思い切って扉を叩くと、裏で閂(かんぬき)を上げる音がして、眼鏡をかけた中年の男が顔を出した。生気のない顔で、イウギを上から下まで眺めると「なにか?」と言った。 イウギは緊張し、上擦った声で言った。 「あの、おとついここに運ばれてきた人がいると思うんだけど、会わせてくれない…で、すか?」 男はぽりぽりと頭を掻き、表情の見えない眼鏡で言った。 「あ〜彼ねぇ。いや…衰弱がひどいからどうかなぁ。君、彼の身内?」 「身内って言うか…うん、まぁ。」 「ちょっと困ってるんだよねぇ、原因がわからなくてさぁ。その上、薬も拒否するし。君、何か知ってる?宗教上の理由なのかな。」 イウギは少なからず、やっぱり…と思った。だが原因についても、理由についても何も知らなかったので「多分…。」とだけ答えておいた。 「まいったよねぇ。僕はこのあたりの風土病しか見たことがないし、何かの感染症かもしれないから今隔離してるんだけど。あ〜だから原因がわかるまでは会わせられないよ。」 「…。」 少年はこの回答に明らかに落胆した。 「…一目見るだけでも、だめなのか?」 「うん、ごめんね。」 「…セルイは今、」 そう訊こうとして、ドアの向こうからものすごい唸り声がした。 「あ、薬が切れたのか。じゃ、ごめんね。仕事が出来たから。」 そういって男は顔を引っ込めて扉を閉めた。硬い、閂が裏で落とされる音がした。 イウギはなすすべなく、呆然と立ちつくした。
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