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「あれ?何やってんだ、こんなとこで…」 肩に鶴嘴(つるはし)を担いだ妙な格好で、ヤナイは上流から姿を現した。 「別に…お前こそ何やってんだよ、こんなところで…」 「俺は相棒(こいつ)を綺麗にしてやろうと思ってよぅ。いや〜今日も成果なしだわ。」 おどけた調子で青年は先の尖った相棒を掲げて見せた。イウギはそれには目をくれず、この間に眼に貯めた涙を拭い去った。あ、とヤナイは何かに気づいた様子でイウギに言った。 「ここの水は飲むなよ〜バッチイからな。」 「飲まないよ!それよりも、診療所!どこにあるのか教えてくれ!!」 イウギはヤナイの懐に飛び込んで訴えた。これにはさすがの彼も当惑した様子だ。 「え〜と、これ教えると母ちゃんがうるさそうだしなぁ…。あー…そっちの許可得てからでないとー…」 この話題になると、彼の眼も泳ぎがちだ。 痺れを切らしてイウギは叫んだ。 「なんだよ!どうしてみんな教えてくれないんだ!!」 ヤナイは黙りこくって唸っている。わりと複雑な事情があるようだ。 「うむー、しかしあそこはなぁ。ちょっと町からは離れてるし、夜は急患以外受け付けてくれないんだわ。この町は病人が多くてなぁ、忙しいんだよ、うん。」 なんだか一人で納得した格好で答えるが、イウギは承伏していない。 「夜はって…昼間はあんた達いないじゃないか。女将さんは連れて行ってくれそうにないし。こうしてあんたに頼むしかないんだよ!」 「…お前だの、あんただの、年上に対して随分失礼なんじゃないのぅ?お願いする態度でもないしさ。」 少しばかり不機嫌になったような真似をして、今度はヤナイの方がフンと鼻を鳴らした。 これに対してイウギは目をぱちくりさせた。今まで大人に対して敬語というモノを使ったことがなかったからである。どちらかというと、敬語で話されることになれている人種だった。そのせいか、セルイからの敬語に対しても違和感を感じてこなかった。 イウギは昨日、ご先祖様にお願いしたような言葉遣いで、お願いの言葉を考えてみた。だが、ヤナイが相手となると、どうもしっくりくる言葉が見つからない。う〜…と考え続けて、畢竟思いついた言葉が 「お連れしてください…お願い申し上げます…」 であった。 これにはヤナイも震え上がった。 「ひええぇ、なんちゅう脅し文句だ…!・・・変なガキだなお前。ま〜いいけどよ。母ちゃんにはいうなよ?俺、絶対殺されるかんな。あとで地図書いてこっそり渡してやるよ。」 なんだかんだで、気前の言い彼である。イウギは今度は素直に“ありがとう”と言った。
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