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「…セルイ?」 小さな足音が、近づいてくるのが聞こえた。そしておそるおそる、自分の名を呼ぶ。
だが、これに返事をすることはできなかった。まさか…もう?本当に、村の人を連れてきてくれたのだろうか…。ぼんやりとする意識の夢現(なか)でそんなことを考えた。 青年に呼びかけても反応がないのを見ると、イウギは急いで樹の根本へと駆け寄った。おずおず青年の顔の様子を窺うと、小さく息をしていることを確認し、安堵した。だが、顔面(かお)も首元(くび)も汗でびっしょり濡れていて、星明かりの下、肌が不気味に光っている。顔にかかる髪が頬に張り付いていて、それを払いのけようと手を触れると、顔は氷のように冷たかった。それでいて、側頭部の方は熱っぽい。イウギは何か痛ましい気持ちになっていた。 「…。…イ、…ウギ、さん?」 その刺激に反応してか、セルイが目を開いた。イウギは一旦言葉を詰まらせて、伏し目がちに彼に言った。 「セルイ…、ごめん。俺、言われたとおりにできなくて…。戻って来ちゃった。どうしても、お前が心配で…。」 いざ本人を前にすると期待を裏切ったことへの罪悪感の方が強かった。セルイに対して何かが言いたかったのだが、他に言葉も出てこない。これに対して青年は落胆した様子も、侮蔑する風もなく、ただ「そうですか…」と答えた。だが、次に彼が放った言葉は、少年の気持ちを激高させるのに十分だった。 「…私のことはお構いなく…イウギさんはどうぞ、村へ…行ってください。」
セルイは多少なりとも驚いていた。今まで触れたことのない、この子の激しい怒り方だった。 「何言ってんだよ!そんなこと出来る訳ないだろう!?何のために、俺がここまで戻ってきたと思ってるんだよ!!」 青年の青い瞳が見開かれる。目の前に映る子供の顔は泣いていた。 「どうしてアンタはそう、無理を平気で背負おうとするんだよ!!俺にだって、出来ることはあるよ!」 イウギの嘆きにも似た言葉は止まらない。 「荷物持ちだって、宿探しだって、手伝えるよ!辛いときは、そう言ってくれよ!じゃないと、こんな…」 こんな…といって言葉を詰まらせる子供の様子を見てセルイははっとした。 「こんな…思いを…」 しちゃうじゃないか、声にならない声でそう告げるイウギに、セルイは手を伸ばそうとして、痛みのために断念した。代わりに何遍となく謝った。 「…イウギさん。ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい…」 自分は本当に愚かだ。ひとりよがりに無謀なことをして、却ってこの子を傷つけた。なにで償えばいい、一体なにで。…今は言葉でしか贖えない。
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