7−4

 暗闇の中で夢を見ていた。
懐かしいような、悲しいような。その中では誰かが必死に謝っていた。…自分?いや、自分の中の誰か。

 ごめん。でも、あともう少しだけ。わがままを許して。

 誰かが謝っていた。
一体誰に?国に残してきた弟にだろうか。だったら彼には本当に申し訳ないことをした。すべての重責を押しつける格好になって。善良ではあっても、それに耐えられるだけのだけの度量がないと分かっていたのに…。だが必要なことだったのだ。これは…。だから許してほしい。すまない、本当にすまない。

 約束を守れなくてごめん。期待に添えなくてごめん。最期まで君の言うことに耳を貸さなくて、君を…傷つけた。

 心の声は謝り続ける。そして相対する場所に強い…怒りを感じる。それは正義であり条理であり絶対の真理であるはずの者だった。神…に限りなく近い、それの代行者。それが怒り狂って自分を罵倒し続けている。近い未来であり、遠い過去。天空の星弦が揺れている。怒りで振動している。

 ごめん。でも今度こそきっとやるから。決して邪魔にはならないから。だから連れて行かせて。お願い。

 絶対の真理に対してなんと子供じみた言い訳だろう。ただの駄々ではないか。だがそれでこそ、必死の想いが後ろにあるというものだ。
(ああ…あれはイウギさんのことを言っているのだな…)
 妙に客観じみた感想をセルイは漏らした。自分と神と、二人しかいないはずなのに、そのやりとりはどこか遠くの二人が繰り広げているような気がした。そして、すうっと彼の意識は現世に引き戻された。

 気がつけばいつもの夜。そしてさっきいた街道。気温はぐんと下がって、肌を凍てつかせていた。
 相変わらず頭痛がひどい。万力で締めつけられるとはこのことだろうか。締めつけられた上で上下左右に激しく揺さぶられているようなこの痛み。吐き気もする。
 昼間に比べて症状はいっこうに改善していなかった。肌は汗でじっとりと濡れ、それでいてこの冷気が体温を奪って大気に拡散させてゆく。手足の末端や胸のあたりが氷のようになっているのが分かった。だが、頭と、それから胴のあたりは反比例するように熱かった。
 …血裁で。こんな症状が出るものだろうか。これは単に病気ではないのか。自分でも疑りたくなるような状態だった。体の節々の痛みも、もはや鈍って何の感覚も与えてくれなくなっている。これは…もしや本当に危ういのだろうか。今まで疑いもしなかった“病死”という言葉が浮かんでくる。(だめだ…。こんなところで終われない。まだあの子との『約束』を果たせていない。)身じろぎをして、ぞくりと背筋に冷たいものが走った。これは警告だ。
《死は恐れても厭うてもいけない》
 しまった、この戒律がある限り、自分はここで終わることも諦めなくてはいけない。しかしそれでは『約束』を破ることになってしまう…。《他人を欺いたり偽ってはいけない》それではもう一つ別の戒律に抵触したりはしないか。
 セルイは痛む頭で考えることで一種のジレンマに陥りかけた。だがすぐに、もう一つ大きな罪を犯しかけていることに気づいた。《神を試してはならない…それは神を疑うことだ》…そうだ、そもそもこのまま病死するのではないかと疑うこと自体が、許されざる罪なのだ。そのように疑わなければ、死を恐れることも、約束を破ることも心配する必要がなくなる。このまま、あるべき事態をあるべきまま受け入れることが、自分にとって最良の、唯一許された道なのだ。
 そう思うことで、彼の苦痛は一瞬和らいだ。途切れがちだった呼吸を、正しく深く吸い、心を落ち着けた。すると五感が戻ってきて、周囲の音も拾えるようになってきた。
 …あるはずのない、小さな足音も。


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