7−3
「私はここに置いていってくれて構いませんから。」
青年はそういった。 イウギは怒気を含んで叫んでいた。
「何言ってんだよ!そんなこと、出来るわけ無いだろ!?」
ああ、いやだ。また涙が出そうになる。イウギは自分の顔をむちゃくちゃにこすって、それを押しとどめた。とにかく今は、青年の体の方が心配だ。
「…なんでそんな事いうんだよ。一緒にいこう?な。そういってくれたじゃないか。」 青年はこの言葉に首を横に振った。
「今は…私は村に入らないほうがいいんです。約束は守ります。後できっと追いつきますから…行ってください。」
イウギには決意することができなかった。毛頭、そんな言葉を聞く気にもなれなかった。今は、彼のそばを離れたくない。
「そうだ、この間もらった薬…痛み止めとか言ってたよね。アレ、飲もう?そうすれば、楽になるよ。」
しかし青年はまた弱々しげに首を振った。
「いえ…今の私は水とパン以外は口にできないんです。薬も…飲めません。すいません…」
…どうしてこの旅人は、こんなに自分を困らせるようなことばかり言うのだろう。イウギは一瞬唇をかみしめた。「なんでそんなに“かたくな”なんだよ!」そう言いたかった。
「…じゃあ、俺もここにいるよ。セルイが元気になるまで一緒にいるよ。」 自他の気持ちを和ませようと、子供は一生懸命に笑いかけた。 これには青年もすぐには答えなかった。だがしばらくしてから、やはり、首を横に振った。
「いえ…。このままでは夜になってしまいます。やはり村へ行ってください。…この道をまっすぐ道なりに行けば、着きますから…。」
そういって、青年は数キロ先にある、あの赤い山を指さした。あの麓に村があるということなのだろう。
これには少年の方が頭を強く振った。
「だから!お前と一緒じゃなきゃ行かないってば!」
青年は押し黙って、ちょっと困ったような様子であった。彼はまた少しの間考えて、イウギに諭し教えるような口調でゆっくりといった。
「…では、村へ行って、どなたか村の人を呼んできてもらえませんか。だれか、大人の人を数人連れて来ていただければ、私も動けると思うのですが…」
そういって、彼は樹にもたれかかる自分の姿勢を直した。そのしぐさにも、苦痛が見て取れる。イウギははっとした。 「…うん、わかった。」
しぶしぶながらも、少年は腰を上げた。後ろ髪を引かれるような気持ちで、とぼとぼと数歩歩き出したが、やがて全力で駆け出した。その姿を見送って、セルイはまた溜息をついた。
「…イウギさん…。すみません…」
少年は、しばらくの間、無我夢中で走った。杉の黒い葉が、びゅんびゅん後ろへと過ぎてゆく。空はうっすら、朱色を帯びてきていた。樹影は濃くなり、辺りは獣の息づかいが聴こえてきそうな程に、不気味な圧迫感を与えている。だが一見してこの森は静やかであり、聞こえるのは自分の息づかいと心臓の音だけであった。 …どのくらい走ったであろう。樹影はすっかり黒くなってしまった。薄暗くなった街道は、ぼやけた形となって目を惑わし、眼球をちりちりさせる。相変わらず辺りは静かで、灯り一つ見えず、人の声もしない。どこからか梟のほっほうという声が聞こえた。 道がすっかり闇に閉ざされると、少年は走るのをやめてしまった。
…赤い空。暗い森。一人走っていた自分…。少年の心に何かが戻ってきた。谷に突き落とされたような、そんな冷えた感覚だった。
…だめだ、これ以上行けない。
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