7−1
川岸で、少年は泣きたい気持ちだった。さっきまで、あんなに幸せな気分だったのに、一体何が起こっているのかわからなかった。自分の擁護者が倒れてしまった。自分のたった一人の。これは、子供にとって、ただ事ならぬことであった。
必死で泣きたいのを我慢して、投げつけた金属のコップを拾う。濁った水でも無いよりはマシではないかと、彼は川の水を汲んで、とぼとぼと街道に上がった。
青年は相変わらず樹に背を預けて苦しそうにしている。少年はコップを両手に抱えたまま駆け寄った。
「大丈夫か。今、水汲んできたから。」
そう言って彼は、荷の中の曝しを手にして、これに水をかけた。
布地を裏返して、青年の額や首筋を拭いてやる。
「セルイ、水筒はどこだ?昨日汲んでいたやつ。」
青年は荒い息をしながらも、ゆっくりと答えた。
「…水筒は、私の外套の中です。すみません…すぐに取り出せるようにと思って…」 「謝らなくったっていいんだよ!」
怒鳴るつもりは無かったが、つい語勢が強くなってしまった。
イウギは一生懸命冷静を取り戻そうとして、外套の中を探す。
すると、何かそれらしい硬いものが手に触れた。取り出してみると、しかし、それは細かな象眼の為された黄金の杯(はい)であった。重厚で、曇りの無いその輝きに、イウギは思わず見とれてしまっていた。が、すぐに我へと返り、それを横に置いた。これが何かは後にして、とにかく今は水筒を探すことに専念しようと思った。
程なくして目的のものは見つかり、イウギはその水をコップに注ごうとした。しかし、そのコップは先ほど土砂の混じった川水を入れたものだと気づいて、あわてて別の物に水を注いだ。先ほどの黄金の杯である。
少年はそれを持って立ち上がると、青年の口元にあてがった。 「セルイ、水だ。気をしっかり持て!」
青年は朦朧としながらも、その水を飲んだ。
しばらくすると、彼の容態も落ち着いていき、呼吸はゆったりとしたものになっていった。少年はその場に座り込んでその様子を見守っていた。涙が出そうになるのを必死で堪(こら)え、袖でぬぐう。
ようやく苦しみから解放されたらしい青年は、か細い声で少年に謝った。
「すいません…ありがとうございます…本当に、大丈夫ですから…」 その言葉とは裏はらに、顔色は一向によくなっていない。大丈夫なようには見えなかった。
「何言ってんだよ。もう気をつかわなくっていいってば!村に戻ろう、セルイ。」
イウギは今まで歩いてきた道を振り返った。のろのろと歩いたから3kmも来ていないはずだ。しかし、その距離も今の彼には途方も無い長さに思えた。
「…いえ、ここまでくれば次の村へ行ったほうが…近いではずです。すみません…イウギさん一人で行ってもらえますか…」
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