6−8
朝になって陽の気が大分増したせいか、痛みは少し和らいでいた。セルイはおそるおそる起きあがると、手足や胸の曝しに異常がないかを確かめて、上着を羽織った。「血裁」の印はまだ現れていなかった。 食卓につくと、多少の眩暈を感じた。痛みはややひいた代わりに熱っぽい。ぼんやりとした気持ちのまま、彼は籠の中のパンをひとつ手に取った。 昨日、彼女の手料理に全く口を付けていなかったのが、若干彼女の気持ちを損ねたらしいことを青年は感じ取っていた。だから、今朝は無理にでも手作りのパンを口にしようとした。正直とても食事を摂る気分ではなかったのだが、これは礼儀を欠いた自分なりの贖罪だった。 無理に口に詰め込んで、水でそれを押し流す。胸のあたりにとてもつかえた感じを覚えた。味はすこぶる良いのだが、今はそれを堪能するだけの余裕がないのが残念だった。…子供が怪訝な顔で自分を見ている。何か言い訳をしなくてはと考えるのだが、うまい文句が見つからない。まるで堕ちた道化のように、彼は心の中で七転八倒していた。表の雪はもう止んでいた。
しばらくしてから彼女が部屋から戻ってきた。手には小さな手袋を持っている。毛玉をいくつか取った後、老婆はそれをイウギに渡した。 「これをもっていきなさい。孫が子供のときに使ってたんだけども、今はもう使わないから。」 それは毛糸の子供用の手袋であった。厚手で、はめるとぬくぬくと暖かい。イウギはセルイと老婆の顔を見比べた後、恥ずかしそうに小さくいった。 「ありがとう。」 次いでセルイも彼女にお礼を言った。 「子供なら元気よくいきなさい。暗い顔をしていては、幸せが逃げていくよ。」 そういって彼女はイウギの頭をぽんぽんとたたいた。
一行は、雪が降ってすっかり冷えた街道に出た。手袋をはめた手をこすりながらイウギがいった。 「あのおばあさん、孫って人にあえるかな。」 「ええ、きっと会えますよ。」 雪が解けて、春になればこの村にもきっと多くの人が戻ってくるに違いない。セルイにはそんな予感がしていた。
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