6−2
木に背中をもたれてふうと息をつくと、青年は上空を眺めた。まだ降りそうにはない。だがいつまで保つかもわからない空模様であった。風はまだ生ぬるさを残しているが、これが身を切り裂く寒さに変わるまでに、そう時間はかからないだろう。 (…まいったなぁ、このペースだと雪が降るまでにケレナにつけない。) ケレナはこの山街道の終わりの町である。その先にはセラルディア大平野と5大公国が控えている。そこまでいけば、もう不自由な思いはしないだろう。 彼はふっとカップの中の赤い液体に視線を落とした。赤黒い色の暖かい飲み物がゆらゆらと光を映している。彼にはこれが何かの啓示に思われることがあった。これを見るとマントの中に存する黄金の杯のことを思い出す。そのたびに、もうすぐ血裁なのだということを思い知らされるのだ。 身体が妙に重く感じるのもそのせいなのだろう。周囲の陰鬱な気候と相俟って、彼は次第に無口になっていった。時々気持ちを持ち上げては子供に話しかけるのだが、その会話も長くは続かない。青年はイウギによりも自分にかまう時間が増えていた。 身体の不調は街を出たときから感じていた。そろそろだと思い、その準備もしていた。だが、その先触れの期間がこんなにも長く続くのは初めての経験だった。そろそろだとは思う。だがいつなのかはわからない。まるでこの雪待ちの空のように、セルイはそわそわとした落ち着きのない心でこの旅に臨んでいた。 「そろそろ行きますか。今日中に次の街に着かないと、野宿することになりますから。」 彼はぱっぱと枯れ葉を払うと、土で火を消した。茶殻を捨てずに袋に入れ、荷物をまとめてまた担いだ。子供もそれに合わせるように、あわててカップのお茶を飲み干し、彼に渡した。 「その荷物…たまには俺が持つよ。重いだろ?」 念入りに焚き火の跡を消しながら、イウギが言った。 この三日、衣類や食料の袋をセルイは一手に引き受けていた。青年は胸や腕に鎧をつけていて、長短の剣も帯びている。トータルで考えると10s越えているのではないだろうか。それに引き替えイウギは手ぶらだ。セルイからもらった短剣は腰につけているし、(内緒だが例の石を入れた)小袋も首から提げている。荷物を分担して持つくらい何でもない。…だがそれでも彼はこの申し出にやんわりと断りを入れる。 「大丈夫です。交互に肩に掛けていますし、ちゃんと休んでますから。」 うん…。イウギはあまり納得した風ではないが、それ以上何も言わなかった。セルイは頑として子供に負担をかけるようなことはすまいと思っていた。この子を連れて行くと決めたときから、苦労は全部自分が引き受けるつもりでいた。だがそんな決意も、数日後には儚いものとなる。 彼は今の自分の状態について、もっと詳しく子供に聞かせておくべきだったのだ。
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