5−10
宿の近くまで送ってもらい、イウギは青年と別れた。手にはあの新しい服を包んだ紙袋を抱えたままである。 いつもの足取りで階段を上がり、扉をあけると部屋は相変わらずの木目張りで、夕刻間近の金色に染まっていた。 手に持つ荷物を机の上におき、今一度包みを開けた。紙の中には数着の衣服と靴が入っている。結局青年はイウギのために「お金」とやらを使った。店主に、自分が稼いだ金色の丸い小片を渡しているのを少年は見ていた。街行く人々も同様に、積まれている物を任意に選んで、変わりに何かを相手に渡していた。あれらも「お金」だろう。 お金という物は、なぜだかいろいろな品物と交換できる性質を持つらしい。理屈は分からないが、何となくそういうルールがあるんだということは察しがついた。宿のおかみさんが、お金を稼いで恩返しすれば喜ぶといったのも、今なら合点がいく。だが、青年はおかみさんがいうとおりには、喜ばなかったようだ。イウギに曖昧な笑顔を返し、青年自身のためではなくイウギのために「お金」を使ったのだから。 この一週間、本当いうとイウギは結構頑張ったのだ。お金を稼げばきっとセルイが喜んでくれると信じていたから…。おかみさんにいわれた仕事は全部こなしたし、自分から進んで他の仕事にも参加した。働きがいいと、大人たちに褒められたりもした。目的があり、成果があることが嬉しかった。…だから、彼の反応は正直イウギにとって残念なものだった。それでも。 イウギは目の前の、きちんと畳まれた衣類に視線を落とした。…それとは別に、彼が自分に衣服を与えてくれたことが嬉しい。彼が自分のために選んでくれたことが嬉しい。それで厭な気持ちになるはずがなかった。 拍子抜けしたのと、意表をつかれたので、イウギの頭は容量をオーバーしてしまっていた。一体どんな表情をすればいいのか、どんな言葉を返せばいいのか分からなくなっていた。青年にとっても、今日の自分にはがっかりさせられたことだろう。
ふう、とため息をついて寝台に腰を下ろすと、イウギは机の引き出しの中に隠しておいた不思議な石を取り出した。水晶の原石を粗く削りだしたような紡錘形・・・まるで何かの破片のような。中央部が光の加減で、淡白く光っている。 イウギは飽きることなく、その宝石を眺めていた。傾けると、ちらちらと光が舞う。触れていると、懐かしい人の声が聞こえてくるような気がする。彼女が言っている。≪貴方の兄とともに生きなさい・・・≫と。 宝石は彼女だ。彼女が唯一自分に残してくれたものだ。空っぽだった手の中に、今はその小さな石だけが納まっている。うれしいけれど、その万倍も悲しかった。
しばらく石の造形を眺めた後、イウギは光が見えないよう、ぎゅっと手のひらの中に握った。窓の外を眺めると、赤い錦にすでに藍色の帳が降りかけている。まばらな星が少しずつ姿を現し始めた。遠い空の景色を眺めて、イウギは心中強く思った。 (絶対に見つける。唯一の肉親。もう、決して独りぼっちになんかなったりしない。) 白くて小さな星の光をまっすぐに見据え、イウギはか細くつぶやいた。 「俺の…兄貴。」
前へ 次へ
|
|