5−9

「ん…。特にない。」
問いかけに対し、子供は沈んだ口調でそういったので、青年も少し顔色を曇らせた。
「そうですか…、では私が選んだものを奥で着ていただけますか?できるだけ新しいものを選んだつもりなんですけど。」
そういわれた子供はきょとんとしていた。

 服が密集した店内を抜けると、奥のほうは作業場になっていた。割と開けてはいるが、やはり物置のようである。セルイはさらに、その部屋に隣接した小さな一室を指差した。示されるままにその小部屋にはいると、スタンドに子供向けの衣服が一そろいすえられていた。
 羽のついた帽子に、丈夫そうな短めのマント。中には紫色のジャケットとやわらかそうな緑色の内着がみえる。スタンドの土台には皮製の靴が置いてあった。
 事態が飲み込めない様子で振り向くイウギに、セルイは明るい調子でこういった。
「私からのプレゼントです。長旅には丈夫な衣服が必要ですから。」

 子供が自分に、今まで働いてきた分のお金を全部渡してきたときには正直驚いた。と同時に、どう対処しようかとも悩んでいた。謝礼のつもりなんだろうが、そんな気遣いは無用だった。大変な身の上なのに、そんなことまで心配させていたのかと思うと逆に申し訳なくなる。それで咄嗟に、このお金はこの子自身のために使ってあげようと思った。長旅になるかもしれない。そのためにはいろいろと準備も要るし、その費用も自分が持つつもりだった。だが、この子が自分でためたお金で、旅立ちの準備を行うほうが妥当のように思えたのだ。

 戸惑い気味で、子供はスタンドの服に近づいた。服に触れる瞬前、また伺うようにセルイのほうを振り返ったので、彼は笑顔でどうぞ、と手のひらをかえした。
 服は少し大きめだったが、割とぴったりイウギの体に合った。重いかと聞いたら、子供は首を横に振ったのでセルイも安心した表情になった。
「では、これにしましょう。」

 店主に金を払い、二人は荷物を抱えて店を出た。イウギはまだ不思議そうな、恍惚とした表情をしている。
「あとは…」
と青年は歩きながらつぶやいた。
 食料と若干の衣料と燃料。あと、常備薬に加えてこの子の薬も要る。まだまだ回るところが多いが、イウギをこのままつれて歩くには、青年にはまだ不安があった。
(病院にはいきたくないだろうし…)
また主治医の彼に捕まったら、1時間は話をさせられるのだろう。その間、広い病院の中で子供を待たせておくのは忍びなかった。
「イウギさんは先に宿に帰っていてもらえますか。私は他に旅に必要なものを調達してきますから。あと、なにか必要なものがあれば伺いますが…」
子供はまたぼんやりした顔を青年に向けて、しばし考えた後、ぽそりと小さな声でこういった。
「小石が入るくらいの、守り袋がほしい・・・」
 青年は一瞬意図を取りかねたが、すぐに笑顔に戻って
「お守り袋ですね。わかりました。」
と答えた。


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