5−8

 人混みの中は厭ではなかった。自分が一人ではないと思えるから・・・。
 ただ、これだけの人を見るのは初めで、しかも変わった人間ばかりなものだから、イウギはなんだか珍しい動物を眺めているような気分であった。
 方々から聞こえる、怒声ともつかない話し声や、予測のつかない人の動き。歩くリズムがうまくとれず、“置いてかれそう”になる。それだけは厭だったので、彼のマントをしっかりとつかんで歩いていた。
 彼は、どうして急に「街へ行こう」なんていいだしたんだろう。今までは、自分のちょっとした外出にも反対…とまではいわないものの、心配してとめてきたのに。
 少年は、青年の意図をとりかねていた。何か用事があるんだろうと思って、ただついてきているつもりでいた。前の人についていくのに必死であったし、外出の目的が分からなかったので、路頭に並ぶ商品に気を配る余裕もなかった。

 しばらく歩いて、青年は小さな店の前で立ち止まった。
「ここにしますか。」
そういわれて、イウギは訳も分からず頷いた。彼はここで用事を済ますつもりなのだろう。別に自分が反対する理由もない。
 二人は小さな店の、少し狭くて入り組んだ入り口をくぐった。中は薄暗くなっており、たくさんの衣類が上にも横にもつり下げられていた。ほとんどが古着のようである。
 イウギはただ、口を開けてその光景を眺めていた。横でセルイが何か言ったが、聞き逃してしまった。そこへ店の店主が現れて、(イウギには太ったおじさんにしか見えなかったが)セルイは何事かを話した後、
「店の中の物を見ていてください。気に入った物があれば、後で言ってくださいね。」
と言い残して、店の奥へ消えていった。
 取り残されたイウギはどうすることも出来ず、ただ狭い店内をうろうろした。古着屋は、衣類の独特のにおいでいっぱいだった。埃臭いような、甘いような、酸っぱいような・・・。
 いろいろな人間が袖を通し、いろいろな人間が置いていったのだろう。

 特に衣類に手をかけることもなく、少年は立ちつくしていた。店内は外とは対照的に、暗くて静かだ。…やっぱり、静寂が怖い。自分がいた場所が、遠くにあるように感じる。 外の喧噪は相変わらずだが、自分には関わりのない世界に思えた。
 ぽん、と肩をたたかれたとき、沈んだ気持ちのまま振り返った。少し涙目になっていたかも知れない。
「なにかお気に召した物はありましたか。」
 当たり前のような笑顔がそこにあった。


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