5−5

 正直言うと、セルイは子供の容態をひどく心配していた。崖から落ちて、大けがを負ったことや、湖で熱を出したこと、何より自分の故郷をあんな形で失ってしまったことに対して、こんな小さな子が耐えられるなはずないと思っていたからである。
 だが、イウギは思ったよりなんでもない様子で、今もパンを口にほおばっている。先程も、途中からセルイが手伝ったとはいうものの、3杯の水くみを難なくこなしてしまった。
(…なんて強い子なんだろう…)
セルイは心底そう思った。自分が知っている子供というのは、もっと弱々しい、依存心の強いイメージである。自分の弟がそうだった。周囲の機嫌を窺って、おどおどと所在なげにして自分の後をついてきた。体も小さくて、歳は上だが今のイウギと同じくらいの体格である。だから、彼は無意識にイウギと弟を重ねてしまっていたのかも知れない。実際のこの子はこんなに強いのに。
「…イウギさん、これからどうしますか?」
今までは、自分がこの子をどうにかしなければ、と考えていた。しかし、今朝の様子を見ていて考えが変わった。この子なら、これから先の生き方を自分で決めることが出来る。
 イウギはすくい上げて口に運びかけたヨーグルトの匙を器に戻した。
「う〜ん、そのことなんだけど…。」
手元の真っ白い中身の皿を見つめたままイウギがいった。
「俺、兄貴がいるらしいんだ。ずっと昔に、国を出ていったらしいんだけど。」
それを聞いたセルイは目を見開いた。すべてを失ったと思われたこの子に、家族がいる。まだ、小さな希望が残されているような気がした。
「お国というのは、その、あの村のことではないですよね。」
複雑な事情を察してセルイは言い淀んだ。
「うん、ずっと昔に滅んだ国だよ。兄貴は国が滅ぶ前に、そこを出ていたんだって。姉さんがいってた。」
感慨もなさそうに、子供はそういった。自分の国が滅んだことにはそれほど悲観的な思いはないようだ。ただ、生き別れの兄弟がいるということに関しても、余り実感がなさそうであった。
「…そのお兄さんは、今どこに?」
「わからない…。生きているのか死んでいるのかも。でも、俺にとっては残された唯一の肉親だから…」
白い液体に落とされる視線がにわかに揺れる。本当は不安でいっぱいに違いない。
 次の瞬間、セルイはイウギの手をとって、こういっていた。
「一緒に探しましょう、お兄さんを。」


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