5−4

 おかみさんの手料理を前にして、両者は無言であった。セルイは子供にかける言葉が見つからず、子供は彼に話しかける機会を窺っているようだ。
 相変わらず青年は、パンと水しか口にしていない。イウギはそれを不思議に思った。
「セルイは、肉とか食べないのか?」
突然の質問に、青年の手が止まる。
「ええ、私は特別なときにしか肉を口にしないんです。それに今は血裁待ちですから…」
イウギは聞き慣れない言葉に首を傾げたが、何か儀礼上の理由なんだろうと思った。彼の村にも、そういった決まりがいくつもあった。
 そもそもイウギの一族も、肉を口にしなかった。だが、故郷を離れ新しい土地で生きてゆくために、不本意ながらも肉を食べるようになったという。そうなったのは自分の生まれるよりも前のことだから、姉にそう聞かされていてもイウギにはピンとこなかった。基本的に彼は、出された物に対しては何の疑問もなく口にする。だから、食べ物に対してそう、こだわった所もない。むしろ、決められた月に行われる狩りによって採れる、獣の肉は美味で珍しかったので、楽しみにしていたくらいだ。
「ふ〜ん、外の世界には変わったきまりがあるんだな。」
感心したようにいい、少年はパンの耳をちぎった。
「いえ、これは私の個人的な理由です。まぁ、あまり気になさらないでください。」
そういって彼は、パンを食べたあとの口に水を含んだ。
 イウギはいつ彼に昨日のことを謝ろうか、迷っていた。彼を騙して、自分の村まで連れて行ってもらったことや、帰りにおぶられたまま眠ってしまったこと、ほかにも身の回りの世話をしてくれたり食事を与えてくれたりと、例を挙げればきりがない。何より彼は自分の命を2度も救ってくれたのだ。
 ずっと迷惑をかけ通しの彼に、イウギは何とか報いたいと思っていた。そこでおかみさんに相談したところ、何故か働かないかと誘われれた。働いて、「お金」というものを稼いで、彼に渡せば恩返しになるといわれた。それで、少年は今朝早くからたくさんの働きをした。薪割りや、釜焚きや、水くみなんどを一生懸命やった。このぐらいのことなら、時々自分でもやっていたのでなんとかできる。少年は、青年の顔を再び見ながらパンを口にほおばった。


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