5−2
喪失(かなしみ)の海に腰までつかり、唯一の肉親の名前を喚ぶ。いくら喚ばっても戻ってはこないその魂に、別れを告げるために、彼は沖に向かって全身全霊、声を張り上げる。 ――姉さん!!…さようなら!さようなら、さようなら…―― 深い闇の中の、境界の見えない水平線で、小さな光がちらりと光った。彼の精一杯の哭(こえ)に応えるように淡く、切なく、光は彼とともにあり続けた…
…覚えのある感触の中で目を覚ます。辺りはすっかり暗くなっていた。見たことのある風景、あの宿屋だ。 (戻ってきたのか…) そう思って、腫れた目をこする。すると、自分が手に何かを握っていることに気づいた。姉に触れようとして、伸ばした方の手だ。 ゆっくりと拳を開くと、そこには水晶を荒く削りだしたような純透明な石が収まっていた。光の加減で、中心の部分が淡く白く光っている。耳を近づけると、懐かしい声が聞こえてきそうだった。ずっと握っていたせいか、石肌が温かい。そのぬくもりをかみしめるように、静かに石を手中に戻した。 ふと傍らを見ると、疲れた様子の旅人が寝息を立てている。不意に眠気が襲ってきたのか、靴も履いたままシーツの上に突っ伏していた。イウギは寝台を降りると、彼に軽めの毛布を掛けた。そういえば、自分は山の中で彼の背中に負ぶわれているうち、眠ってしまったのだ。あとで彼に謝らなければ。そう思いながら、自分の寝台に戻ると、少年は再び手の中の石に意識を戻した。 握った拳を額に当てて目をつむる。こうしていると、闇の中でも光が見えるようだった。石は静かに語りかける。もちろん、実際に声が聞こえるわけではないけれど、自分の中に潜んでいる記憶がどんどん浮上してくるようだった。 ・・・そうか。ありがとう、自分がどうするべきか分かったよ・・・ そう小さくつぶやくと、イウギは窓の外に目をやった。今日は新月で月は見えない。点々と散らばる小さな星だけが残されていた。その冴えた広い広い空を、少年はいつまでも眺めていた。
前へ 次へ
|
|