5ー1

 昼をとうに過ぎた夕刻になって、セルイは街の宿に着いた。 気を失ったイウギを背負い、疲弊した様子で扉をくぐると、 驚いたおかみさんの顔が待っていた。
「まぁ、あんた無事だったのかい?2日たっても戻ってこないんで心配したよ。おや、その子…家に送り届けるんじゃなかったのかい?」
テーブルを拭いていた手を止め、近づいてきた彼女は、セルイの背中の様子に気づいて言った。
セルイは全部を説明する気にもなれなくて、力無い声でこう言った。
「…おかみさん、すいません。すぐに床を用意してもらえませんか。あと、お医者を。」
それを聞いて、彼女は すぐに真面目な顔つきになった。
「部屋はそのままにしてあるから、すぐにでも横になれるよ。なんだい、怪我でもしたのかい?」
 おかみさんはまじまじと今のセルイの格好を見る。裾は泥だらけで、腕も所々すり切れている。
「いえ、私は大事無いんですが、この子が…呼びかけても返事をしないんです。」
心配げに彼は後ろの様子を窺う。イウギの村からずっと、背中に負って歩いてきたのだ。道の途中から、子供の反応はほとんどなくなっていた。
「いいよ、いいよ。あんたも疲れてるみたいだね。医者のことはあたしに任せて、部屋へお上がりなさい。」
そういうと、おかみさんは青年に鍵を持たせて、あわただしげに外へ出ていった。後に残されたセルイは、崩れた形のイウギを背負い直し、暗い階段をゆっくりと上っていた。

 思っていたよりも、イウギの容態は安定していた。ただ、肉体的にも精神的にも疲れているようだから、安静が必要だと念を押された。セルイも暗い顔で、はいと返事をした。
 日がすっかり暮れて、辺りが重々しい空気で包まれても、イウギは目を覚まさなかった。傍らのもう一つの寝台に腰をかけ、セルイは静かにその様子を見守っていた。昨日一日のことを思い出しては、ため息をついた。
…当初の思惑を大きく外してしまった。まさか、村そのものが滅んでいるとは…。まるで悪夢のようだが、幻影の中で見た出来事が現実であるという実感があった。
(“彼女”は知っていたのか…自分たちが滅ぶ運命を…。それであんな死に方を選んだ…)
やるせない感じで青年は首を横に振る。悲しい気持ちだった。闇から救う事ができなかった…。それは彼の使命にも触れる重大なことだ。それに、彼はもう一つ重大なことを抱える羽目になった。
(…あの“闇の存在”…彼の襲撃の目的は、彼女ではなくその“弟”だった…)
 緊張した面もちでセルイは眠る子供の顔を見る。本来なら、この街でこの子の里親を捜してやるのが常道だろう。しかし、それではなんだか見捨てるようだ。
セルイはひたすら思案の海に沈んだ…。


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