4−7

「ついに見つけたのね、ここを。」
表情を変えずに彼女はそう言い放った。だが声色にはあきらかに侮蔑の色が混じっていた。
それに対し、闇の存在は無言だ。だが、顔の見えないフードの中は笑っているように思えた。
「私を殺すがいいわ。…王を殺したように。」
白い巫女は、やはり何の感慨もない声でそういった。驚いたのは傍で聞いているセルイの方である。
「な、何を言ってるんですか!この存在は…彼は誰ですか。」
彼女はセルイの方には顔を向けず、闇を見据えたまま言った。
「欲望の隠者、地獄の先兵。この世界に闇を芽吹かせる者…。」
今度はフードの男がフフフフと不気味な声をあげた。
【気丈なことだ、亡国の姫よ。私はお前に用がある。それが終わったら、望み通り息の根を止めてくれるわ。】
…底意地の悪そうな、ぞっとする声だった。深淵の奥から響くような、暗くて低い音波。人の声とは到底思えない。
【命からがら逃げ延びて、適地を見つけ、国を再興しようとしたようだが無駄なことだったな。4重の結界には手をやいたが、中に入ってしまえばろくに武器も持たないお前たちを滅ぼすことなど造作もない。】
闇はいかにも楽しそうに笑った。
彼女は敵の言葉に動じる様子はない。むしろ自嘲気味に薄く笑った。
「再興など…私たちの運命は決していたわ、あの時に。15年前…生命の樹の枝が陥落した時にね。でも、生きながらえたこの時間は無駄ではなかったわ。」
うつろな瞳に急速に強い意志がともりだした。彼女は闇に一歩も引かずに対峙した。闇の存在はそんな彼女の態度に業を煮やしたようだった。
【そんな戯言を聞いている暇はない!お前を引き裂いてでも、居場所を白状させてやる!】
言うが早いか、灰色のローブから真っ黒い腕が突き出て、彼女の頭を握った。人の胴よりも太いその腕は、その勢いで彼女の身体を壁に打ち付けた。
 セルイも反射的に剣を抜く。人間相手には決して抜かないその剣を。
しかし闇の存在はそんなセルイを気にかける様子もない。大きな掌で握った、小さな頭に顔を近づけ、卑しい口調で問いかける。
【くくく、愉快だな、姫よ。奇しくも王をくびり殺したときと同じ体勢だぞ。さぁ、言え!お前の弟はどこにいる!?】
それを聞いたセルイはドキリとする。背中をどっと冷たい汗が伝った。
「…お前は知ることなどない、真実を。…お前の澱んだ目では真実を見定められるはずもない。」
厚い掌の中から、苦みに耐えながらも気丈な声が漏れてきた。闇は怒りでますます、手に力を入れる。
「やめろ!!」
セルイは大きく振りかぶった刃を、灰色の背中に叩きつけた。しかし、剣は身体を通り抜け、何の手応えもないまま床にぶつかった。
…そうだ、すべては彼女が見せている幻だったんだ。
「…そんな!!」
絶望的な気分で壁の両者を見つめる。目の前で起こっている出来事に大して何もできないなんて!
【…どうした。声も出ないか。今、少し力を緩めてやる。居所を言えばすぐに楽にしてやるぞ。】
言葉の通り、闇の存在は握った指を少しほどいたようだった。
「……王を、前にこうして殺したなら…分かるでしょう…?私たちが死ぬと、一体どうなるかが…。」
掌から絞り出される声は、しかし勝ち誇った調子であった。セルイは手の下の彼女の表情が確かに笑うのを見た。
【何!?ッ貴様、まさか!】
突然彼女の身体が光り出した。強烈なその光は、闇の躯を次々と射抜いてゆく。セルイは眩しさに片腕で目を覆った。
「ねえさーん!!」
背後で子供の声がした。振り向くと、イウギが壁の向こうから走り出してきた。子供は一直線に光り輝く姉の骸の許へと走り寄る。
「!!イウギさん!?だめです、そっちへ行っては。あぁ!」
イウギの手が、姉の躯に触れるか触れないかというところで、彼女の身体ははじけ飛んだ。細かな粒子が勢いよく放射して、辺りは一瞬で白い光に包まれた。


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