4−6

 屋敷の暗がりの中に飛び込んだイウギは完全に方向を失ってしまった。家の中の様子は様変わりしていた。生き物の気配はなく、音もなく、光もない。ただただ混沌とした闇が無限の広がりを見せていた。
「姉さーーーーん!姉さーーーーん!」
必死に声を振り絞り、辺りを窺いながら前へ進む。応答は全くない。反響音さえ聞こえない。半壊した屋敷の内部とは思えないほど、この闇には果てしがなかった。イウギの小さな心臓はいよいよ不安の圧力につぶされて、消え入りそうになっていた。
 一体どれくらいの間さまよったのだろう。誰の声も聞こえないし、何にも行き当たらない。意識はとうの昔に闇に吸われてしまった。今、身体を動かしているのはなんであろう。希望?魂?そんな実のある物では当然ない。頭の中では言葉も見つからず、心の鑑は何の感情も映し出していない。そう、今は止まることも忘れてしまった抜け殻がたださまよっているだけなのである。
 闇に喰われてしまった。追いつかれてしまった。あの時必死に逃げたのに。姉さんが逃げろと言ってくれたのに。
自然と涙がこぼれていた。ただただ申し訳ない。
「…ごめん、姉さん。俺、もう…」
標なく彷徨っていた足取りを止め、イウギはついに闇に没した。冷たくなめらかな床―あの時の病院のように―が体温を急速に奪ってゆく。少年は何も映し出さない瞳に膜を閉じた。

 …。……。夢の中の闇、現実の闇を幾度も往き来した。寝ても醒めても、周りの景色に変化はなかった。だんだん、だんだんと夢の中にいることが多くなった。冷たい床を感じる回数が減っている。だがそれは寂しいことではなかった。むしろ、目が覚めたときにも真っ暗であることの方が、これ以上傷つきようのないはずの心を痛めつけた。寝ても起きても同じなら、ずっと眠ったまま、心地よい方の闇に預ける方がよい。瞼が重くのしかかる。

 ぽっ、と遠くで灯がともった。夢の中ではそのろうそくの炎を間近にしている。あたたかい…。姉さんだ。姉さんがすぐそこまできている。夢の中ではすぐそこにあった灯り。実際の闇では、自分のいるところより数百メートル先に見える。イウギは鉛のような体を起こした。床に接していた右半身が強ばっている。両肘にかかる上体の重さは、いつもの倍以上に感じられた。それでも。
 うつろな眼を灯りの方へ向ける。…夢じゃない。光だ。ひかりだ。あそこに姉さんがいる!
 ばっと、身体を振り起こすと同時に駆けだした。石のような手足を振り乱しながらも光へ向かって一直線に走った。途中、何度も転びそうになるが、瞳だけは外さない。オレンジ色の光がだんだん強くなる。あそこに…あそこに行けば会える!



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