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セルイは困惑していた。一体、どうやってこの幻影の世界に入り込んだのだろう…。入った時の記憶がないのだ、ぬけ出す術などは毛頭分からない。とりあえず、誰に声をかけても、触れようとしても同じ結果だった。ただの幻影とは違う。術者がいて、故意に閉じこめられた世界ではない。ましてや自分の意識が見せているものでもない。触れもせず、関われもしないなんて、ほとんど自然現象だ。 「ここは…確かにイウギさんのいっていた村だ。…滅んだという。」 その現場を自分も見ている。とても人間のなせる業ではなかった。かといって、天災というにはあまりにも禍々しい。まったく悪魔の所業である。 「…では、何故その村がここにこうしてあるのか…。」 セルイは周りの景色を冷静に眺めた。この幻影はなにかの再生装置だ。記憶の具現化といってもいい。自分はこの場所を知らないから、再生の原動力となっているのはイウギということになる。 「イウギさんを見つければ、この世界から脱出できるかもしれない。」 ますますイウギを見つけだすことに必要を感じ、セルイは奮い立った。青年は再び村の様子を観察しだした。 村の人々は皆一様に、長い髪と白い肌、よく通った鼻筋に薄い唇、そして髪と同じ茶色の瞳を持っていた。背はすらっと高く細身で、その優美さはたしかにエルフと見紛いそうである。顔立ちも似通っていて、長いこと純血を保ってきた単一民族であることがわかる。不思議なことに、村人は成人ばかりで、年寄りも、イウギぐらいの子供も見あたらない。青年は常若の国にいるような錯覚を味わった。 「ここは一体…。」 近くに寄って見ると、家々は新しい物が多く、ここ十数年で建てられたもののようである。暮らしぶりは質素で、家畜などがいる様子もない。畑は申し訳なさ程度にあるが、まだまだ開墾の途中のようである。 「ここは…もしかして…。」 青年の脳裏に痛ましい記憶がよぎる。15年前に起こった一大戦争である。彼自身、それで兄と父を亡くしたが、その戦争で得た物は何もなかった…。それでも彼は戦勝国の人間である。重い罪悪感が突如としてのしかかった。ここは、おそらく戦敗国の…その生き残りの村だ。故郷を亡くして、ここまで逃げてきたのだと察しがついた。でなければ、こんな所に隠れ住む理由がない。 「いけない、今はイウギさんを捜さないと。」 暗い気持ちになるのを押し留め、村の隅々を探して回った。幻影に触れないのだから、ドアに鍵がかかっていても関係ない。家を一軒一軒廻って子供の姿を捜す。しかし、イウギどころか、ただの一人も子供が見つからない。セルイは妙だと思った。 戦争があったとはいえ、15年も経っているのだ。子供が他にもいてもおかしくはない。しかし、家にある家財はどれも大人向けの物ばかりであるし、子供を持つ家庭独特の繁雑感といったものが全くない。結局、この村で子供の姿を見かけることはついになかった。セルイはこの状況がだんだん不気味に思えてきた。 (…もしかして、この村にはイウギさん以外に子供はいない?) 何らかの事情があるのだろうが、それにしてもわからない。本当にここは人間の村なのだろうか。 手がかりが途絶えて、セルイは途方に暮れ始めていた。 「神よ…どうかお導きください。」 自然とそうつぶやいて、組んだ手のひらを額に押し当て、必死に祈る。何か光明はないか、意識の奥で探し続けた。 すると、わずかに闇の気配を感じた。深くて邪悪な、黒の存在である。セルイはこの闇の勢力のことを知っていた。宿敵といっていい。 「何故、こんな平和な村で…村が滅んだことと関係があるのか?」 セルイは、闇の気配をたどり、再び広場の方へと足を向けた。
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