4−1
温かい日差しの中で青年は目を覚ました。 まるですべてが夢のように、何事もなく、あたりは純然としていた。 柔らかな草は緑に茂り、その先には針葉の黒い葉が軒を連ね、遠くにはエラル山脈の青と白の峰が、さらに遠くには太陽がある。 (夢だったのか…?) そう思いかけて、首を振る。あの生々しさは、現実のものだ。今から思い出しても、冷や汗が出る。そう考えて突然気づいた。そうだ、あの子は!? 「イウギさん!?」 飛び起きてあたりを見回すが、自分以外の人の姿はない。はぐれてしまったのか…。それにしても眼前の草原には見覚えがあった。 「さっき、村へ向って通ってきた原だ…でも。」 天中高く見下ろす太陽は、午後の日差しだ。気を失っていたにしても、時間が経ちすぎている。どうして、この場所にいるのかも覚えていない。いい知れぬ不安にかきたてられ、セルイは立ち上がった。 「とにかく、イウギさんを捜すのが先決だ。」 不可解な気持ちを抑えながらも、草原の中を歩く。やはり人の影はない。平和すぎる風景にセルイは、逆に焦燥の念をかきたてられていた。 同じ道順、同じ行程で森へと向かう。森は何事もなく閑寂としていたが、先程と違って生命観あふれ、針のような葉をピンと張っていた。葉にこすらないよう、注意を払いながら進んでいるせいか、一度も痛い思いをしない。それにも何か違和感を感じ始めていた、その時。どこからともなく、音楽が聞こえてきた。変わった旋律だが、陽気で、軽快で、お祭りのようである。セルイは音のする方に向かって足を速めた。
森を抜けると、そこには村があった。樹で作った小さな小屋が建ち並び、中央は大きな広場になっている。さらにその中心には、塔といっていい、高いモニュメントがあった。白いのと黒いのと、二つあり、上部は木でできているようである。底辺部は石垣でしっかりと作られ、人が住めそうなスペースがその中に確保されていた。 奇妙な造形に、セルイは目を奪われたが、その周りで人々が踊っていることにも気づいた。そのダンスは静かなもので、強調性がない。一瞬気づくのが遅れたのはそのせいである。優雅ではあるが、社交ダンスのようなものではなく、ましてや市民が好む活発な踊りとも違う。踊りを楽しんでいるというよりも、むしろ儀式の一環としての舞いを思わせた。人々は一様に白い薄布を纏い、長い髪をとりどりに結い上げ、同じ動作で踊っている。あまりに美しい顔立ちに、全員が女性かと思われたが、よくみると男性も半分ずつ混ざっているようだ。 楽器はなかった。音楽かと思われたのは、彼らの歌と手拍子など、体から出される音である。こんな祭りをセルイはみたことがなかった。 しばらく見とれていたがすぐに我に返り、踊り手を取り囲む観衆の一人に声をかけた。 「あの、このくらいの小さな子供、知りませんか。」 しかし、その相手はセルイなど気にもかけず、踊りに見入っている。 セルイは少し声を張り上げた。 「ここは一体なんていう村なんですか?」 しかし、彼どころか、周りの人間もセルイの存在に気づかない。 「あの!…」 たまりかねてセルイが相手の肩をたたこうとしたとき、その手はするりと体を抜けていった。驚いて、後ろに飛び退くが、やはり観衆の誰一人としてセルイに気づいた様子はない。セルイは突然すべてが分かった気がした。 「これは…幻?」
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