3−11
セルイは唖然とした。 そこには大きな暗闇が口を開けていた。ゴーゴーと響く風の音はまるで地獄の底の釜のようであった。 「ッ!!イウギさん!これはいったい!?」 振り返ると、子供はうちひしがれたように声をあげ、その場に泣き崩れた。 「…あ、ああああああああ!!!…ッ、ごめん…セルイ。俺、あんたを騙してた。……俺の村は、もう無いんだ!」 涙を流し、そう、苦しそうに吐き捨てた。 セルイは目の前がぐらりと傾くのを感じた。なんてことだ。こんな、こんなことが。 絶望的なその光景に、なかなか言葉が出てこない。 「あ、あなたは…知っていたんですね。知っていて、ここへ…。一体、ここで何があったんですか。」 自分も倒れ込むように膝をつき、イウギの肩を抱く。 「分からない…。ただ、自分の村が滅んだことしか…。だから、こうして確かめにきたんだ。…なのに、何にも無いんて!!」 セルイは再び、その闇の深淵を見た。暗くて底のほうは全く見えず、ただゴーゴーと風が逆巻いている。向こう岸までは1キロはあろうか。 二人の前に、忽然と現れたのは、巨大なクレーターであった。しかも並のものより余程、でかくて丸い。おそらく深さも1キロあるのではないだろうか。 隕石か何かがぶつかったのとは違う。これは、全く闇に喰われたとしか言いようがない。きれいに、正円に、えぐり取られているのである。 飲み込まれそうなその暗がりに、二人はじっと、淵でしがみつくように耐えていた。今にも吸い込まれてしまいそうな引力がそこにある。風は相変わらず下から上へと、まるで穴の中に手引きするように荒れ狂っていた。 妙に暖かく、人の吐息のように生々しいその風が、イウギには誰か声のように聞こえた。 「俺を呼んでいるのか・・・姉さん。」 暗い口調でポソリとそうつぶやくと、イウギはふらふらと崖の方へ歩み始めた。 「イウギさん!?だめです、だめです!そっちへ行っては!!」 理性でセルイが必死に止めにかかる。しかし、彼は子供とは思えないほど強い力でじりじりと闇の方へ迫っていった。 ・・・悪夢だ!青年は思った。こんなのは、こんなことが実際にあっていいはずがない! 必死にすがりついたその肩越しに、青年は絞り出すように声をかける。 「…イウギさん。お願いです、しっかりしてください!」 闇はすぐそこだ。
ふと。急に足元が明るくなった。闇は、光に照らされて、急速にそのなりを潜めてゆく。セルイは頭上を仰いだ。そして、目を見張った。 …そこには信じられないほど、巨大な、月が面を近づけていた。
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