3−10
「セルイ、ここで降ろしてくれ。」 背中でイウギがそっと言った。セルイは言われたとおり子供を降ろした。 二人の前には、身の丈二倍ほどの巨岩がそびえ立ていた。岩は、縦に裂けており、人一人くらいがやっと通れる隙間があった。そこ以外は、岩と崖の斜面が完全に道をふさぎ、繁みがそれを強固なものにしていた。 「ここが俺たちの村の入り口。みんなはなぜか“第一の城壁”っていってた。」 「城壁ですか…」 セルイは上から下まで視線を移動させた。どう見ても城壁といえる代物ではない。だが確かに、外部の者を拒絶する、閉塞的な雰囲気を持っていた。 「村の者以外がここを通ろうとしても、ここの隙間が締まって通れないんだって…。俺は閉じている所なんか見たことはないけれども。」 イウギの語り口調は真面目だが、半信半疑の気持ちも混じっているようだ。 「まぁ、大丈夫だと思うけど、一応気をつけて。湖からの道は、ここしかないんだ。」 (つまりは、ほかの街からの道もここしかないということか…) セルイは古い地図の模様を思い出して思った。近くの村落から、イウギのいう村に往くには、間に長いガケの亀裂が走り、湖まで迂回しないとたどり着けない。崖の向こうとこちら側、行き来があるとはとうてい思えないから、イウギの村は孤立した所なのだろう。まるっきり隠れ里の様式である。 セルイは一抹の不安を覚えた。この子を送り届けたところで、歓迎はされないかもしれない。まさか命まで捕られることはないだろうが。 苦笑したのがばれたか、子供がまじまじと自分のほうを見ている。 「ああ、ええ、そうですね。気をつけます。」 曖昧な笑顔を返すと、子供は意を決したように岩の中へと入っていった。セルイも後に続く。 狭い通路に足を取られ、何度か鎧が突っかかりそうになったが、どうにか抜けた。振り向くと、相変わらず岩の透き間がこちらを見ている。何とか通してくれたようだ。 岩の先は、ちょっとした平原になっていた。美しい山嶺に囲まれ、針葉樹が群を作って両側に控えている。その荘厳さに、セルイはほう、とため息をもらした。 先導するイウギの足はだんだん速くなる。興奮が押さえきれないのだろうか、仕舞いには駆け出しそうになるのをセルイが必死に止めた。 「急ぎたい気持ちは分かりますが、体が持ちませんよ。」 それを受けてイウギは渋々元の歩調へと戻すのだが、懐かしさが押さえきれないといった感じである。日がだいぶ陰り夜が近づいていた。
二人はさらに森を一つ抜けた。先ほどの山道と違って、道はしっかりついている。針葉樹の枯れた茶色の葉っぱが、絨毯のように敷き積もって、木の下影は広々としていた。 だんだんと人工的な匂いがしてきた。この辺りの木々は、明らかに人の手によって手入れされたものである。 セルイが興味深げに辺りを観察していると、イウギが震える口調でこういった。 「すぐそこが、俺の村だ。」
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