3−3
白い霧につつまれていた。何もない、音もなく姿もなく。ただ、確かに向こう側にある存在…それが待っている。もう、自分の許には戻ってこない。あるとすれば、影。見えてはいても、決して掴めない存在。
さっと霧が引けてゆき、透明な湖面が姿を現した。鏡のように滑らかに銀に輝き、色温のないその様は身体の体温を容赦なく奪ってゆく。上着を通して伝わってくる湖の冷気は、以前ここに来たときの高揚感をなだめてくれたものではなかった。
「ここがトアダ湖なんですね…。見覚えありますか?」
隣人に問われるまでもなく、自分は目印を探していた。 きっとどこかにあるはずだ。ここなら、ここになら自分の知っている物がなにか…。 なかなかそれを見つけられない焦りが、じんわりと目元に伝わる。風で鼻がツンとなった。
空は相変わらず薄くて青い。上空の方で風が轟々と通りすぎていく。雲は形を為す前に散り散りに引き裂かれた。 …どれくらい経ったろうか。あるいは一瞬か。涙が浮かんだ瞳にふと見慣れた『影』が映った。 頭で考える間もなく体はそちらへと走りだしていた…。
目当てのものの所にたどり着いた時には息が上がっていた。湖を4半周はしたので、当然である。はじめに目に留まったのは見慣れた形の『繁み』であった。その形に向かって近づくうちに、だんだんと懐かしさがこみ上げてきた。確かにあれだ。間違いない。繁みの下にたどり着き、重たげな枝を上へ押しやると、その根元には確かに塚があった。 こぶし大の小石を10数個積み上げて小さな山にした物で、幾つもある。石と石の間には数本の木の枝が突き出ていた。 遅れてついて来たセルイが、塚を見て訝しげに聞いた。 「これは…なんですか?」 息を切らし、涙混じりに答えたから相手に届いたかどうか。 「神塚だ…。」
イウギは突っ立ったまま塚を眺めた。涙が流れるのを止められない。 「狩りをしたあと作るんだ…。獲物の数だけ、枝をさして…」 「イウギさん…」
呼吸はますます苦しくなる。
「神様に報告するんだ…。これだけ生命をいただきましたって…。それで…それで…」
視界が滲む。小さくて無骨な塚が白く揺らいだ。
「これが、俺が最期につくった塚……」
「イウギさん!!」
足下がぐらりと傾き、少年は闇に没した。
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