2−9

 結局1人で朝食を摂った彼は、いろいろな果実を搾ったジュースを持って、二階へ上がって行った。おかみさんに特注して作ってもらった一品だ。
 昨日のあの子はどうしたのかと聞かれたとき、彼は苦笑いをするしかなかった。彼は、軽口を叩くどころか、一切嘘をつくことが許されない。おかみさんの気を悪くしないためには、黙っているしかなかった。
 2回ノックをしたのち部屋にはいると、イウギがふとこちらに顔を向けた。そのため二人の視線が空中でかち合った。その瞳はすがるように何事かを訴えていて、青年はそれに気がついていた。何気ない仕草で、コップを机に置く。
「おかみさんがジュースを作ってくれました。これだけでも召し上がりませんか?気分がスッキリしますよ。」
明るい調子で笑いかけると、子供はまた視線を床に落とした。セルイの顔も一瞬曇る。イウギはただ、泣きそうになるのをこらえているだけなのだが。
「具合はどうですか。傷、痛みますか?」
そういわれて、今の今まで忘れていた頭部の包帯に手をやった。もう大分ゆるんでいるようだ。イウギは首を横に振る。
「そろそろ包帯を替えないといけませんね。」
言って彼は荷物の中から医療キットを取り出した。小さな寝台の上に腰を掛けると、そっと包帯に手を伸ばす。その時、おもむろにイウギが顔を上げたので、再び二人の視線がぶつかった。その大きな瞳に見据えられ、セルイの動きが止まる。しばらくしてから、青年が答えた。
「・・・家に帰りたいんですか?」
その口調はひどく真面目なものであった。彼の中で、何がしかの決意が起こった瞬間だった。鳶色の瞳が大きく揺れる。しばしあって、子供は小さく頷いた。

 次に彼が発した言葉は、イウギにとって意外なものであった。彼は破顔してこういった。
「では、私が貴家までお送りしましょう。」


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