2−2
部屋にはいると、秋の陽光がその小さな空間を柔らかく染めていた。縦に長い、はめ殺しの窓がひとつ。その手前に机がひとつ。いすがひとつ。すぐわきに、寝台が二つ並んでいた。それ以外は何もない、こぢんまりとした部屋だったが、木目の板が張り巡らされ、夕暮れ時の穏やかな空気を包み込んでいた。なんとはなしに、あの青年の雰囲気に似ている。 少年は、寝台のひとつに腰を掛けて、この空間の中で思案を始めた。彼は、昔のことからひとつずつ思い出し始めていた。
自らの名前、自らの生い立ち、家族、友人、隣人…一つ一つ思い浮かべては、懐かしさに胸が張り裂けそうになる。
何故、こんなにも感傷的な気分になるのか、何故、こんなにも愛おしく悲しいのか。彼は記憶の一番最後の扉を開けようとしていた。
「―…あの夜。」
あの夜、村はお祭りで、盛大な宴会をやっていた。いつもは鬱ぎがちな村の人々が、珍しく陽気に酒盛りをしている。貯蔵用の倉を開け、マナ鹿や山豚狩りの禁を解いた。イウギも狩りのチームに加わっていた。験担ぎの杯を何とか干して、大人達と共に森に入った。兎や鳥を狩ったことはあったが、四つ足のモノを狙うのは初めてで、今思うとだいぶ浮き足立っていた。
――…その日はイウギの姉の誕生日であった。
イウギもよくは知らないが、彼女は村の中で巫女のような存在だったらしい。村人の、彼女への態度は明らかに恭しいモノだったし、彼女も平生から毅然と振る舞っていた。しかし、姉はその立場に驕ることもなく、その責任を十分に理解しているようだった。だからこそ、イウギにはその堅苦しい役職からは離れた生活を送らせた。時々彼が姉の仕事について尋ねると、彼女は複雑そうな笑顔でのたまった。
「あなたが気にする事じゃないのよ。あなたは…あなただけは、この運命から逃げ切ってね。」
優しい声だった。その声で、彼女はイウギに色々なことを教えてくれたものだ。
「…姉さん。ニゲラ姉さん。」
自然と涙がこぼれた。もうあの声を聞くことはないのだ、永遠に。 最期に彼女が言った言葉。『逃げて・・・!』脳髄に焼き付く悲痛な叫び。彼女の姿を最後に見たのは、狩りをしに森へはいる前だった。
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