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「ああ、良くお似合いですよ。」 病服から着替えた姿を見て、セルイは満足そうな笑みを浮かべた。
「本当に、良いのか?こんな物もらってしまって。」
「ええ、前の服は“ボロボロ”の“血ミドロ”でしたからね。お医者様にすぐさま棄てられてしまいました。」
少々残念そうに、セルイは云った。あの服があれば、この子の村への手がかりになったかも知れないのに。
「そ、そんなにひどかったのか…?」 「えぇ、まぁ。」
セルイは苦笑いを浮かべた。血みどろになってしまったのは、大半がセルイの所為だ。 「もう、大分思い出されましたか。イウギさん。」 “イウギ”と呼ばれた子供も苦笑する。 「ああ、だいたい…」
災いが転じたとでも云うべきか、子供は先程、自分の名前を思い出していた。思い出したばかりの名前で呼ばれるのも、なんだか照れくさいが。 ふたりは、青年のつけていた大きなアイボリーのマントのおかげで助かった。落ちた衝撃も、セルイが少々打ち身をするくらいで済んだ。 「まだ、いたむのか。」
「ええ、まぁ。でも、お医者様には内緒にしておいてくださいね。あんな高いところから落ちたと知れたら、
2、3日は入院させられてしまいますから。」
子供は愉快そうに笑った。セルイも、嬉しそうに笑んだ。
医者はかなり渋ったが、イウギは今日退院させてもらうことにした。 ここにいると、かえって彼の混乱が激しいからである。 「いいですか、気分が悪くなったらすぐに云ってくださいね。」
二人は街の雑踏を歩いていた。余り好ましい環境ではないが、この時間帯、どんな小径もこんなものである。
子供は、青年のアイボリーをしっかりつかんで、ついて行った。 それでも、雑踏の合間合間から見える、人の顔や見世の品には興味津々であった。
四半刻して、宿に着いた。セルイが、この街に滞在するために借りたものである。裏路地に面した、小さなたたずまいだが、その分、手入れも行き届き、ゆったりとしていた。 戸をくぐると、恰幅の好いおかみさんが出迎えてくれた。
「おかえり。ずいぶんのんびりしていたんだねぇ。」
「ええ、いろいろありまして。」 青年は苦笑した。
「晩ご飯は、下で食べるのかい?」 「え〜と、そのことなんですけど。少しご相談が。」 云って彼は、背後に隠れている者を、おかみさんに見せる。 「あれ、ま!」
食堂に驚嘆の声が響く。 「あんたの子かい!?」
おかみさんは心底驚いた様子である。
「いえ!そういうわけでは…あの、この子の分も作っていただけませんか?」 「それはいいけどさぁ…」
おかみさんは青年と子供の顔とを見比べる。イウギは少々居心地の悪さを感じた。 「それに、できれば私の部屋に泊めたいのですけれど…」 「まぁ、かまわないけどねぇ…」
イウギはますます、居たたまれなくなった。すると、セルイが笑顔で語りかけた。 「イウギさんは先に行って休んでいてください。部屋は、あそこの階段を上って一番奥です。」
そういって、小さな鍵を握らせてくれた。イウギはセルイの顔を見る。 「私は、もう少しおかみさんとお話してから行きますから。」 にこりと笑顔で云われ、イウギはその言葉に従った。階段を上る直前、二人の方を見ると、まだ何か口論している様子であった。 イウギは申し訳なさを感じた。
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