19−5

(セルイに会える…)
うきうきとした足取りを抑えながら、イウギは回廊を走らない程度に歩いていた。
 広い間取りの、城の廊下は右側が中庭になっていて片側だけ明るい。半分シルエットになりながら進む、子供の姿の後ろには案内役の侍女が一人と。
「ねえ、こっちでいいの?まだその場所には着かない?」
「ええ、そうです。その…もう、ちょっと待ってください!」
子供の軽い足取りに、重いブーツを履いた彼女の脚は遅れ気味だ。その合間を、白い生き物がちょろちょろと走っている。
「おまえ、いつまで着いてくるつもりだ?もう、俺の所には食べ物はないぞ?」
 歩みを弛めることなく、イウギは首だけ後ろに振り向いた。猫は、不細工な顔立ちのまま、走っていってイウギの脚にまとわりつこうとする。まだ、餌が足りないと見える。匂いでもするのか、ずっとイウギの後を付けてくる。
 イウギは半ば、諦めたようにいったん歩みを止めて、猫の方にしゃがみ込んだ。
「ほら、何も持ってないだろ?あきらめて、普段の餌場に戻りな、」
その間に、侍女の彼女が追いついて息を整える。白い、オレンジ色の瞳の猫は、じっとイウギの手のひらを見ていたが、やがて別の物に気づき、彼に飛びかかった。
「うわっ!」
驚いた拍子にイウギが後方へ引き倒される。その顔の上を、毛むくじゃらが走り抜けていった。
「なんだよ、もう・・・」
呆れながら、イウギはその白い猫の姿を見送った。その時、その猫が自分の大事な物をくわえていったことに気づいた。あの・・・紫地にカタクリの刺繍のついた、守り袋・・・。
「あ。あああー!」
(なんてヤツ!)
イウギは慌てて起きあがって、そのあとを追う。
 猫は進路を変えて、中庭の茂みに飛び込んだ。イウギも続く。後方で、イウギに止まるよう叫ぶ、侍女の声が響く。
 茂みの中で、視界は一切遮られるが、猫が走り込んだ方向を頼りに自分も真っ直ぐ突き進む。だが、茂みを抜けたところで、その白い姿を見失ってしまった。
 息を切らせながら、イウギは愕然とする。
「うそだろ・・・?どうしよう」
姉さんの残してくれた唯一の形見がこんな形で奪われるなんて・・・。泣きそうだ。

 …エレナに説明しよう。説明して、猫が宝物を隠しそうなところを教えてもらおう。大きさからして、まさか食べられてしまうこともないだろう。万が一そうなってたら・・・考えたくはないが。

 とぼとぼと、肩を落としてイウギは回廊の方へ戻ってきた。侍女がホッとしたように、その側による。
「大丈夫ですか、急に走り出すから心配しましたよ」
「猫に・・・大事な物をとられちゃった。あとで返してくれるかな…?エレナに訊かなくちゃ」
「そうですね。さあ、行きましょう。約束の時間が過ぎてしまいますよ?」
「うん…」
先ほどとはうってかわって、うなだれる子供を励ましながら、侍女は約束の場所へと歩みを進めるのだった。


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