19−4
暗がりの中で、青年はまた悶々と考えていた。 夕べの彼女の言葉・・・。自分がかろうじて彼女に伝えた危機は、軽く受け流されてしまった。 「そう…それで?」 「ですから、貴方の乗っていたあの白い馬が狙われていたんですよ。小さいですが、首筋に傷がありました…、あれは、飛礫(つぶて)か何かを遣って馬を驚かせ、貴方の落馬を誘おうとした、罠に違いありません」 「ご親切にどうも、ご忠告痛み入りますわ。」 「冗談ではないんですよ?私が…貴女に何か申せる立場でないのは、十分解っていますが…そこのことをご承知していただかないと」 「だから、わかっているわ。被害にあった当人は私よ?その私が、気づいていないとでも思って?対策はとらせてもらうわ、だから、安心をして養生に励んで頂戴」 「そ、そうですか…それは差し出がましいことを…すみません」 「…。明日、」 「…え?」 「あの子に会ってあげなさいな。ずいぶん貴男のことを心配していたわよ?お昼に、この庭園の東側に待たせておくから」 「あ、はい・・・」 そうして、彼女はこの庭園を出ていった。セルイはまた、入り口に控えていたあの男に案内されて、再び使用人用の空き部屋へと戻されたのだった。 (なにか…、あの時にいえることがまだあったのではないか?) そんな気がしてならない。だが、あの場面で、あれ以上なにか言えることが、自分にあったとも思えない。あるとすれば、それは…自分の正体の暴露と、それに伴う謝罪の言葉だけだ。 そして、それを行う機会は彼女と会ったときの、一番最初の沈黙の時だけだった。それを逃した今、また彼女に個人的にうち明けるのは難しい。何しろ今度は、大勢の者が観ている公の場面で面会することになっているのだから。 …自分に、彼女にしてあげられることはもう、何も残されていないということか。いや、ここにこうしている以上、何かできることはあるはずだ。立場がどうとかは関係ない。 「お客人、もうそろそろよろしいか」 戸口の、あの見張り役の男が声をかけた。 「あ、はい…!」 今までとは、うってかわって、今度は部屋を出ていけという合図だ。
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