19−2

「くそう…、くそう…!あの女!!」
安宿の上階の一角を借り切って、男は酒におぼれていた。
 屈辱に耐えきれずに、故郷を飛び出し、今はこうして酒をあおっている。今の彼に、かつての栄光の影はない。
「どうした。何をそんなに悔しがるのだ」
彼の座る机の傍らに、いつの間にいたものか、フードの男が立っていた。
「あの女・・・俺を馬鹿にしたんだ!女なんて・・・どいつもこいつもくだらない…、宝石一つ買ってやれば喜び叫んで何でもいうことをきく、そんなくだらない存在なんだ!なのに・・・あの女は…俺のことを…」
「なるほどなるほど」
フードの男は黙って、酔い者の器に赤い酒をつぎ足した。
「【ならば、こんな噂は知っているかな・・・?貴殿を小馬鹿にした女は、今、別の男を城に連れ込んでいるということを…】」
真っ暗なフードの中が、にやりと嗤った。



「一体、何事なのかしら」
エレナは半ば、あきれかえって寝台の上で震えるイウギを見ていた。
「もう…、ずっとああして、降りてこようとなさらないのですよ。近づこうとすると叫ばれるし…、私どもにはもう、とても…」
「大丈夫よ、侍女(あなた)はこのまま下がっていなさい」
いって、彼女はイウギの居る部屋の中へと一歩入った。すると
「エレ…、あぶない!!来ちゃダメだ!!」
寝台の上で震えている子供が、あらん限りに叫んだ。
「大丈夫よ、コワイ夢でも見たのでしょう。この部屋には、お化けなんて居ないわよ?」
彼女はできる限り優しい声で、ゆっくりと子供に近づく。一方の子供は、激しく頭を振り、来るな来るなとまた叫ぶ。
「いるよ!!寝台の脚の下に!来たらダメだってば、食べられちゃう!」
「脚の下・・・?アラ」
いわれて、下を覗き込んだ彼女も意外な声を発した。
「本当ね、こんな所にいたわ。大きな化け猫が」
無造作に、彼女が寝台の下から引き上げたのは、白い・・・毛むくじゃらの肥大猫だった。
「ネ…コ…?」
その物体を見て初めて、イウギは悪夢から覚めた心地がした。


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