18−9
夜の闇があたりを覆い、客人達が寝静まったあと、セルイはあてがわれていた部屋を出た。 迎えに立ったのは初老の異様に背の丸まった矮躯の召使いだった。小さな灯りを手に、白濁した右目と黄色い歯が笑っている。 「お迎えに参りました…。部屋を出る前にこれを、」 いって、フシ瘤だらけの手で渡されてたのは、灰色の乗った黒いフードであった。 それを頭から被って、杖を手に、青年は男のあとをついていく。 振り返ると、見張りの男は相変わらず戸口の前に立って、正面を見据えている。ああしている限りは、自分がまだあの部屋にいるように見えるだろう。やはり、自分と彼女が会うことは、大分、気の遣う作業なのだ。
できるだけ人の通らない暗がりを歩んで、2人は裏口にでた。小さな虫の鳴く草をよけ、垣根の続く庭園へと足を踏み入れる。 城の窓から見られないように、人の背よりも高い垣根の裏側を進む。手入れの行き届いた…しかし、迷路のような暗がりの柵を避けて進んでいくとやがて、ぽかりと口の開いた幅の狭い通路が現れた。通路というよりは、入り口…鍵穴型の、垣根で覆われた部屋への入り口だ。 その入り口の前に、案内役の男はどっかりと腰を落ち着けた。懐から酒を出し、鷹揚に飲み出す。セルイが黙っていると、男は彼を見上げ、「お早く・・・」と中へ入るよう促した。 こうして自分が時間を稼いでいる間に…、容姿が余り恵まれているとはいえないこの男は、自分の役割について十分理解しているようだった。青年は小さく頷いて、素早くその入り口の中へと入った。
5メートルほどを、ほとんど灯りもなく進むと、すぐに開けた部屋にでた。部屋といっても、あるのは垣根によって作られた二重の壁がぐるりと取り巻く丸い空間で、天井のように空からの視界を隠すナナカマドの大樹が傾(かし)いで右端から突き出ていた。その向こう側に、目指す女性の姿があった。 垣根にそって張られた半円型の白い葡萄棚の下、その長椅子の所に腰掛け、本を読んでいた。驚いたのは、その手元を照らすのが赤いランプではなく青緑色の光を放つ蛍石だったことだ。人の拳ほどもあるそれば、分厚い紙面の上に投げられ、わずかな光を送っている。 優美な白い指が止まり、こちらへと視線が移される。青年は息を呑んだ。 「お待たせしたかしら」
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