18−8
「やっぱり、あなただったのね・・・」 戸口の所で、彼女は静かに呟いた。 謳いに夢中になっていたイウギは、この声に驚き振り向いた。 「あ・・・、いつのまにそこに、・・・唄、聴いたのか?」 見る見るイウギの顔が赤くなる。恥ずかしくて、いられないのか、うつむいてしまった。 「ええ、城の裏手にまでね。お客人達は大変な喜びようだったわ」 困ったように苦笑し、彼女は近づいてきた。 イウギは未だに顔を上げられない。彼女の気配が側まで降りてくる。 「素敵な歌声ね。誰かに習ったのかしら。それにしても、変わった唄だったけど」 「・・・ごめんなさい」 「いいのよ。歌うなとはいわなかったものね。寂しかったんでしょう?」 「…そんなに、大声で歌っているとは気づかなくて、ほんとに…」 「ええ、そうね。大声だから聞こえてきたわけじゃないと思う。貴方の歌声は、良く“通る”のよ。距離なんて関係ないくらい」 子供の緊張した肩肘をほぐそうと、彼女の手が触れる。それでやっと、子供は彼女の顔を見た。 エメラルドの瞳が笑っている。“いいのよ…”とまた口元がささやく。 「私も気を張りすぎてたわ…、ねえ、貴方の歌を、もっと聴かせてくれないかしら。」
「え?今、なんと?」 灯心の尽きた、暗がりの中で再び問う。 「お嬢様が、今夜お会いになる。人目がはばかられるので、城内を消灯したあとになるが、よいか」 「は、はい。お願いします…」 代えの灯りを受け取りながら、セルイは緊張と興奮を抑えきれない様子で答えた。 やっと…お話しできる。だがその前に、自分は彼女に会う勇気があるだろうか。面と向かって、彼女に何かいえるだろうか。・・・とても心許ない。 人前で、 彼女は明らかに自分の正体を暴露するようなことはしなかった。その時には気づかなかったのか、それとも意図してそうしていたのか。まさか、本当に気づいていないということもあるまいが…。 それぞれの可能性によって、自分が受け答えする時の感触が異なる。うまく、説明できるだろうか。“自分はもう戻る気”はないと・・・。 腰掛けた寝台の上で、彼は握る拳を固くする。 決めるしかないのだ、覚悟を。進むしかないのだ、前へ。
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