18−6
「・・・音楽が…。パーティが催されているのですか?」 結局を一晩、暗がりで過ごしたセルイは、自分の普段の起床時間と照らし合わせて、今が正午に近いことを感じた。 扉の外の様子が慌ただしい。賓客を出迎える、侍従達や、料理や荷物を運ぶ、侍女達の足音である。 扉の向こうから明瞭な答えはない。 「あの、エレナーグさんは…公女殿下は、今?」 「…お嬢様は今、賓客を出迎えておられる。それが済めば、そなたにもお会いになるそうだ。それまで、ゆっくりと体を休めて置くようにと・・・」 「そ、そうですか・・・。…その、賓客というのは…、そのなかに軍…兵団の方は?」 「…いや?そのような来客は聞いていないが。この催しは、高貴な身分の方々に限られる。軍籍の方もおられるが、そのような無粋な兵団(もの)の参加を好まれる人は少なかろう」 「そうですか・・・」 そうして、セルイはまた寝台に腰を落ち着かせる。 とりあえずは、すぐに引き渡されると言うことはなさそうだ。それも、わずかな間かも知れないが…。 「とにかく…エレナーグさんと話をしなくては」 自分の今の立場で、どこまでのことが伝えられるか、できるのかわからない。だが、それができなければ、引き戻されるだけだ。または… 「このまま消されるか…」 それも、仕方のないことだと思う。この国に、自分はそれだけのことをしてきた…、いや、してこなかった。今さら何を、と言われるのがオチだ。それでも、 「消されるわけにはいかない」 自分はまだ、為すべき事を済ませていない。
庭園内では、立食式のパーティが催されていた。 彼女が「くだらなーい」「つまらなーい」といっていた、貴族同士の交流会だが、多くの人はそれを「意義のある」「愉しい」ものだと感じているようだ。 主催者であるエレナ姫の手を取り、深くお辞儀をするのは、領内外の領主や親族達。彼女はその列が絶えるまでを、じっとかたくなな表情で見守っていた。 管弦楽器の演奏はなだらかに、時に激しく、陽気に奏でられ、ご婦人達が踊りに誘われるのを待っている。少し離れた馬場では乗馬や、騎士同士の撃ち合い(といっても見せ物程度の)が行われている。 酒食も進み、人びとの意識は午後の日差しの中で移ろう。ふと、 「あら、なにかしら・・・?」 浅黄色のドレスを身にまとったご婦人が、空を見上げる。 「何が?」 「なにか、聞こえない?歌のような…鳥のさえずりのような?」 「そうかね?」 傍らの連れ合いも、その《唄》に耳を傾ける。 「私には良く聞き取れないが・・・」 「いやね、お酒が回ったかしら」 などなどと、談笑している内に、音楽の方の曲調が変転した。 テンポのよい、活発な感じのリズムは、騎士同士の撃ち合いを激しいものに誘った。
奔る 奔るよ ウタポポヒリス 鳥のように 熊のように 白い羽をばたつかせながら 躍る 躍るよ ウタポポヒリス 風のように 枯の枝のように 長い足を絡ませながら
「・・・なんだか、妙な唄だなぁ」 「ね?聞こえるでしょ?」
転んだ 転んだよ ウタポポヒリス 水のように お金のように 最後は消えてなくなった
途端に会場から爆笑が起こった。唄が完全に聞こえたのは数人に過ぎないが、曲のテンポが変わって、かなり聴き取りやすいものになったのだろう。 最後の唄はかなり多くの人の耳にまで届いたようだ。 「だれだ、だれだ?こんなふざけた歌を歌っているのは」 「さあねぇ、子供の声のようだったが」 「ここに、子供はいないぞ」 などと、半ば怪談のようになったものだから、ますます人びとの趣向を楽しませた。 「(まさか・・・。)」 声の主に行き着いたのは、この城の女主人である。挨拶が一通り済んだのを見計らって、彼女はその場を中座した。 茂みで、見張っていた数人の影が、それとともに移動した。 一人は、館の中へ向かったようだが・・・。
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