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「あらぁ、キレイになったじゃない。」 湯船のせいばかりで、上気した訳でもないイウギを迎えたエレナは満足そうだった。 「な、イヤなんだけど、知らない人に体を洗われるのって…。それに、この服…。」 「うん?とっても、似合ってると思うけど」 「ヒラヒラしてて、女みたいだ」 「だって、女の子の服だもの」 「!?」 「正確には、私のお下がりだけれども」 いって、彼女は机の上に置かれた櫛を取り、イウギの髪を撫で梳(す)いた。 「じゃあ、髪の毛を、他人に梳(とか)かされるのは?」 「・・・それは、別に…」 「好き?」 「うん…、なつかしい」 2人は窓辺の長椅子にともに座って、同方向を見ている。 イウギは髪を梳かれる音を聞くうち、心も解きほぐされるように穏やかとなって、ゆっくりと、目を閉じる。頭皮に残る櫛の感触、耳に触れる柔らかな指の温かさ。目蓋に映る、もう遠い平和… 結局、エレナ嬢に為されるがままにしていたイウギは、彼女の腕の中で眠ってしまった。 「あらあら」 (かわいいものね…子供なんて) すっかり艶を取り戻した、渋栗色の髪を手で撫でてから、彼女は侍女に、ゆっくり子供を客間の寝室へ運ぶよう命じた。 そして、手にした櫛を許の場所に置いてから、自分も自室の寝台へと入っていった。
翌朝になって、イウギは再びおののいた。 ふっかふかの、布の山のような寝台の上で目を覚ましたからだ。 「うっわぁ、ここどこ!?」 ええ〜と、自分は旅をしていて、セルイが馬に落っこった人を助けて、それからあれよあれよという間に、城へつれてこられて・・・・・・。 寝入っちゃったんだ!?セルイに会う前に? イウギは慌てて寝台から下り、部屋の外へでようとする。 すると、戸口の所で控えていた侍女に、抱え込まれるようにして止められた。 「おまちください。お着替えを!そのあとはお食事です。」 「でも!セルイに会わないと!」 「お食事を終えてからです!そうしたら、エレナ様がお会いになられます。もちろん、お連れさまも、」 しばらくじたばたしていたイウギだが、その言葉で落ち着きを取り戻す。それ以上に、たしかにお腹が空いていたのだ。 今までの経緯でいけば豪華すぎるほど豪華な朝食を終えてから、イウギはエレナに謁見することができた。 彼女は、昨日の乗馬で着ていた服よりも、私室で着ていた服よりも、ずっと豪奢で格式張った衣装を着ていて、イウギの目を驚かせた。 「おはよう。昨日はよく眠れたようで、よかったわ」 イウギは顔を赤くする。 「それに、服もよく似合っているようだし」 「だから、なんで女物の服なんだよ!?」 「あら、いいじゃない。そのほうがずっとかわいいし、ウチは女の家系だから、子供の服は女物しかないのよねぇ〜」 コマッタワ、という風に、彼女は体を傾ける。イウギは諦めて、話の本題に入った。 「セルイは?今どこに?」 「彼なら、別室で休んでいるわ。傷は、大したこと無かったみたい。でも、安静にしていてもらわないと、治るものも治らないから、」 それよりも、と彼女は言葉をつなげた。 「今日から、領内の人達が集まってパーティをするの。いつもの、くだらなーい、つまらなーい交流会よ。でもしばらく、人の出入りが激しいから、貴方も迷ったり、連れて行かれたりしないように、気をつけて。余り部屋を出ないでね?」 イウギがとまどったような表情を浮かべているので、彼女も優しい表情をいささか曇らせて、真剣な声で言った。 「私にもうちょっと、時間を頂戴。今、いろいろなことが同時に起こっていて、一つ一つ片づけないといけないの。上手いこと、事が済むように、貴方にも手伝って欲しいのよ」 手袋越しに、彼女の体温が頬に伝わる。 イウギは、しばし黙ってから、静かに頷いた。
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