17−7
春といえども、日が傾くのはまだ速い。 オレンジ色に染まりかけた景色の中を、馬に乗った一行が列を作って農道を進む。 初めて馬上の人となったイウギは、混乱と軽い興奮で恍惚としていた。馬が一歩あゆむごとに、肩の骨と腱がしなり、自分の体も揺れる。自分の背後には、薄紅色の服を着た、気丈で強引な女性が背筋を正して乗っている。ずっと、前方を厳しい表情で直視していた彼女は、ふいに柔らかい表情となって自分に視線を落した。 「ごめんなさいね…、急に城に誘ったりして、アナタのお連れにも怪我をさせてしまったわ。でも必要なことなの・・・」 そういって、再び視線を遠くに戻した彼女の顔は、悲しそうだった。そして、イウギは彼女の顔が誰かに似ているとも思った。
白い馬の灰色の鬣(たてがみ)を眺めながら、青年は悄然としていた。このままではまずい。では、どうする? 前方を見やると、かの女性と、イウギが乗る馬がずんずん歩を進めている。 (イウギさんを・・・置いて逃げ出すわけにも行かない。) それ以前に、今は、足も満足に動かせない。 下手に下りようともがけば、落馬は必至。しかも、この馬は先ほど主を振り落とそうとしたほどの、暴れ馬ではなかったか・・・。 焦るばかりで気が回らない。背中に冷や汗を掻いて、青年はおろおろと周囲を見回す。前後に続いて馬を進める従者達は、不審な目つきでこちらを見ている。セルイは落胆の面もちで、この馬の背に手をやった。 (・・・・・?) 高貴な身分を載せるための馬とあって、毛並みの手入れはさすがだ。だが、その美しいはずの毛並みの中に、奇妙な手触りが残った。 (傷…穴…?) まさかっ、と、青年は前方の彼女の背中を見た。そして、やはり自分はこのまま逃げ出すべきではないと、覚悟を決めた。
半刻ほどを費やして、一行は目的の場所へとたどり着いた。 「ほら…あれが私達の住処よ」
言って、彼女が難のけなく示した先には、広大な城がそびえていた。 麓に広がる農地から、段々と石垣を築いて周囲を囲んでいる真ん中に、秀麗なその城は建っていた。中規模の丘陵をそのまま改良したらしい。ケレナの街ほどには堅牢な城郭はないものの、天然の要害を巧みに利用し、敵の行軍が容易に近づけないようにはしてある。 はへー。と単純に感心している子供に対して、彼女は優しげな笑顔を向け、つと、後ろを振り返って、 「それじゃあ、私は先に行くわね。部屋と医者を用意させるから」 言って駆け始めた。 彼女に側近い、従者や侍女も慌てて後を追う。セルイの前後には、頑強な男2人が乗った馬が残された。 「エレナーグさん…」 セルイは、懐かしき、その姫君の名前を呟いた…。
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