17−4
窓辺に身を寄せている、青年がはっと気づくと、部屋の中に子どもの姿が見あたらないことが幾たびかあった。そんなとき、青年は慌ててその子の姿を探す。 「イウギさん、どこにいますか?」 いって、裏扉を開けると、大概子どもはすぐ見つかった。赤い鼻をずるずる言わせて、なぜかいつも外に佇んでいるのだ。 彼は声をかけて扉を開けるそのわずかな隙に、子どもが首にかけた肌守に形見を隠していることを知らない。 「よかった、ここに居られましたか。外は冷えますから、さあ、中に入りましょう。何か食べたいものはありますか?」 いつものようにまた優しい言葉と気遣いを見せてくれる青年に、子どもは再び落涙するのをぐっと堪(こら)えて、鼻をすするのであった。
(いつまでも、こんな事ではいけないな・・・) 青年は、パンを千切りながら何度も沈思した。 正直言って、自分は今、俗世の雑事に追われて大儀を見失っている。そんなことでは、この子にも、故郷に残してきた人々にも、そして自分にすべてを託した“意志”にも申し訳がない。 私が今見張らなければならないことは、こんな事ではないはずなのに。 ああ・・・と、彼は心の中で嘆息した。
夢の中で、彼は何度かお伺いを立てることがあった。
遙かな虚空に、彼方な意識に、そこに息づく存在に。
感覚が閉じている、とは、ロッソ村で感じ取った考えだが、彼はその原因も探らずにはおれなかった。 原因…といえるかどうか、ルツェでのあの大流血も異常な事態であったために、その反動で感覚が閉じてしまった可能性を一番に思った。しかし、それでは、どうすれば以前の感覚を取り戻せるのか。 このままでは、俗人として生き死ぬよりほかない。 森を焼き払った、あの力の大幅な解放はどうだったか。あれで、逆に感覚を取り戻せたのではないのか。それとも、さらに悪化させたのか。 次の裁血はいつなのか。それすらも定かではない・・・ 彼の身の回りの不安とも相まって、彼の意識は端で見るよりもずっと不安定であった。
彼方からの返答は、未だない。
彼は更に、原因を探ってみた。 かの、大流血の原因は、自分が幾度の掟を破ったからに相違ない。いやさ、潔斎の間に、身を慎まなかったことに因があるのかも知れない。 それならば、“破戒”の罰は、かの流血時にではなく、今まさに下りかかっているのではあるまいか。 すなわち、自分はその資格を失ったのではないかと。
絶望的な気分に嘖まれて、彼は再び虚空に“可否”を問うた。 「否」なら「否」でよい。その際は、罪人として裁かれもしよう。しかし、いまこの、宙ぶらりのどうしようもない状態が、彼には耐え難く、苦痛であった。 諸事がつもり積もって、槍の先のように彼を追いつめてゆく。金の星はゆらゆらと揺らいで、今しも闇の中に消え入りそうであった。 どうか、お答えを。お答えをお聞かせください。 彼は長いこと、一心に祈っていた。
暗い、孤独・・・・・・
そして。 彼方からの返答は、確かにあった。
・・・いく。
い ま、 い く。 み つ け た。 もう、の が さ な い。
「えっ・・・・・・」 ちいさな、ちいさな、子どもの声のようであったが、それがだんだんと大きく、低くなって近づいてきたようであった。 青年は、大きな歓喜とともに、冷や汗を掻いてこれを迎えた。
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