17−3

 セルイはイウギをつれて、長い道のりをできるだけ歩いた。かと思うと街道沿いの小さな村や町に、用事もないのに何日も宿った。
 冬のさなかであったし、そう、歩をのばせるわけもない。大きな街も近くにあるのに、彼はそこに入るのをできるだけ避けているようであった。
 しかし、この土地に疎い子どもは、近くにもっと利便の聞いた街があることなどは知らないから、文句も言わず黙って青年についてきた。

 セルイは、子どもを不憫に思いながらも、自分の中の焦燥と不安を消すことができなかった。むしろ、直感といっていい、何物かにつき動かされて、彼はケレナの街を目立たないように遠ざかっていった。
 実を言うと、小さな村に目的も定かならず長居するのは却って目立つし、森などを突っ切って領地外にさっさと入ってしまえば一番良いのだが、さすがに子どもの足を思うとそれははばかられた。
 街道を外れるのは、体の負担が大きいし、子どもも不審に思うだろう。ましてや、この季節に森の中で野宿もあるまい。

 このようにして、彼は日々思考を巡らして経路を選んだ。
 小さな町の、小さな宿にあっても、彼は窓辺から外の様子を窺うのを欠かさなかった。
 いつも難しい顔をしている青年を、イウギはそれとない様子で見守っていた。何かただごとでない事態が、彼の中で起こっているのだと、この聡い幼子は感じていたが、これ以上、会話をこじれさすのも本意ではないので、黙っていた。
 自然、イウギは独りでいる時間が増えていた。
 そんなときは、宿の裏手の井戸端などに腰掛けて、じっと姉の形見に見入るのであった。
 あれ以来、・・・というのはルツェの町の嵐以来だが、石は何も語りかけてはくれなくなってきていた。
 故郷を遠ざかって、姉の残した思念も薄まってきているということだろうか。
 かつては、石に耳をそばだてれば、錯覚であろうが、何か人の歌声のような物が聞こえてくるはずであった。イウギはそれを、姉の声だと解釈していたが、それすらも定かではない。透明な歌声は、イウギら一族ならば、誰でも出せる声だからである。
 風が冷たい。
 一人きり、石に腰掛ける子どもはぶるっと肩を振るわせた。訳もなく、涙があふれてくる、この感覚は、悲しい…とは少し違う。
 このたとえようもない、心許ない感覚を紛らわすために、少年は知らず知らず自ら封じた歌を口ずさむのであった。


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